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小説・この空の青さは-4

「去年の冬休みのバイトがそもそもの始まりだあ。俺が見付けたアルバイトだぜ、言うならば俺は愛のキュ-ピットだな」
「ぷっ。なんだか可愛くないキュ-ピットだなあ」
「そんなこと言っていいのか。生涯の恩人になるかもしれん御人に対して」
「ど-ゆ-ことだ?」 
「そ-ゆ-ことだ・・・」
  
 冬休みのアルバイトにと、そのとき康夫が見付けてきたのは、年末の御歳暮の出荷で忙しくなる大手デパートの配送センターの仕事であった。毎年12月になると年内一杯までの短期募集が各大学へ一斉に募集がかかり、男女学生がまるで恒例行事のように大挙押しかける。
 平屋造りの広大な倉庫のようなセンターにはベルトコンベアが張り巡らされていて、商品の種別に設けられた大きなテーブルの上で梱包作業が行われ、その流れ作業の一環が学生達の主な仕事なのだった。売場から送られて来る伝票を元に仕分けされた商品を次々梱包して流すのであるが、同じ商品が山積みになっていて、一つ一つ包装紙で包んでそれに伝票を貼り付けるのは、慣れれば気楽な単純作業にちがいない。紐を掛ける機械もテーブル毎にある。しかし一纏まりの商品が済む間もなく次の商品が伝票と共に大きな台車で運ばれて来て、その流れはまるで止まることがない。とはいえ、流れの速度はゆったりとしていて、そこはまるで学園際の催しのような雰囲気さえある。テーブルごとに時々ある休憩時間や昼食時は正に放課後のそれである。
 男女ともに学生の大半は名古屋近郊の大学であるが、公立・私立・短大・四大・一流・二流、それは様々入り混じっていて、帰省している東京の大学生も少なくない。その多くは友達連れで和気藹々やっている。真壱たちも例に違わずそれは楽しい職場であった。各テーブルは十人から二十人で、バイトリーダーやデパートの担当社員の監視もあるが、けっして厳しいものではない。男女混合の職場なので、身近に女子学生が居ない真壱たちにとって、それはまるで新鮮な学園のようだった。
 そして、彼女との出合の瞬間を、まるで昨日の事のように真壱は思い出していた。

「あんなに凄いインスピレ-ションは生まれて初めてだった・・・」
 
 或る日、一つ向こうの違うテーブルの職場に数人の女子大生が従業員に連れられて配属されて来て、その中に彼女は居た。すると、まるで分かり易いように、そのテーブルの男子学生が急に活気付くのが彼の目にも見てとれた。しかし、真壱の目は、その時一人の女子学生に何故か釘付けになり、他の物が全て色を無くしたようになって、騒音さえも小さくなった。
 女子学生は彼のテーブルには既に数人居たが、こんな事は初めてで、そもそも、そのような出合の期待を特別に持ち合わせてもいない彼だった。此処にはナンパ目的で来ている男子学生が少なくないのが現実のようで、その噂を耳にした彼は「まあ、あるだろけど、関係ないね」とばかりに全く意を解さない様子であった。

「お前は今までガールフレンド作ったことが無いってホントかよ?」
「ああ、本当さ。知ってるだろ。なにか問題でも・・?」
「いや、べつに・・。つまり、その・・」
「作ろうとした事は、まったく無いね。今まで本当に。・・てか、今もそうなんだけど」

 真壱の初恋は、実は小学六年生の時で、その相手は同じクラスの学級委員を務めるそれは可愛い女の子だった。何でも平均点の彼にとって、何でもトップの彼女は正に高値の花に違いなく、それは、ただ遠目に憧れるだけの恋心だった。しかし、恋する気持を初めて知る体験は記念すべき事には違いない。彼女の元気な姿を見るだけで毎日が楽しくて全てがラキラ輝いて見える。それが何故なのか、幼い彼にはそなんな疑問さえ浮かばなかったが、それよりも、まるで手が届かないような己の存在価値に疑問を抱く切っ掛けになった。そして、その疑問が晴れる時まで「彼女はお預けでいい」と、何時の間にか決め込むようになった。

「小学校の運動会のフォークダンスの時にペアになった子と手を繋いだのが最初で最後の女性体験だよ。本当に俺は」
「そういえば俺もそれに近いものがあるわ、ははは」
「Y.M.C.Aの彼女たちとは何もなかったのか、本当に」
「ないない。その前に振られてお仕舞い。それの繰り返しなんだって」

 康夫は前にY.M.C.Aに入っていたことがあり、何人かの女子大生と付き合ったりしていたが、手を繋いだこともないままだったようで、本気で好きになると告白するのだが、その度に振られるという始末なのだった。先輩の唱える恋愛論には真壱よりもそれはリアルに響くものがあるに違いない。まるでSFミステリーの謎を解くように先輩の話に喰いつく理由がそこにはあった。

「なんだ、お前、奥手なのかよ」
「お前が言うなっ」
「それにしても柔らかったなー。彼女の手・・。彼女は学級委員の高値の花で、俺の初恋の子なんだよそれが・・。積極的に強く握ってくる彼女にタジタジだっなあ・・。ああ、懐かしい・・。運動会の練習の度にペアになるんだ。幸せだったなー」
「あの彼女は、もしかして、その子に似てたりするのか・・?」
「え?ああ、そういえば似てるかも・・。ああ、似てるに似てるっ。そういえば」

 彼女は男を釘付けにするような特別な美人かというと必ずしもそうではないが、気軽に声を掛けられない気高さがあり、それは、喩えていうなら、ちょうどカタクリの花のようだった。下を向く薄紅色の小さくて繊細な花弁と、薄緑の葉を添えて細くて小さいながらに凛とした立ち姿が可憐な花だ。またそれは、春の野の片隅で人知れず咲くスミレの花に、秋に咲く野菊の花にも重なって、それはスズランにもなった。花壇や花屋にあるどんな花にも美しさを感じられない彼なのだった。
 そういえば彼は芸能人などにも特別に憧れることはなく、彼の部屋に貼ってあるポスターは、唯一スティーブ・マックィーンだった。「栄光のル・マン」のワンカットのそれは、確かに完成した大人の男の存在感に満ちていて、先ず何よりもそれがその時の彼の憧れに他ならなかった。
 そんな彼は、確かに誰よりも彼女の持つ美しさの本質を捉えているに違いなかった。

「お前は子供じゃないし、彼女も・・期は熟したというところだな」
「完璧じゃないけど、そういうことかも」

 己の価値を己で見付ける。それが真壱の大学進学の間違いなく一番の理由であった。図らずして留年したことで、逆にそれが彼に反動的な力を与え、何よりも、朱に混じらない心の純白が際立つことになった。彼女を見詰める彼の視線には、そんな心の純粋が確かに込められていた。
 その純粋は、特別だった。自然写真に没頭して花や昆虫の小さな自然に間近に触れるうちに、それは知らぬ間に自ずと磨かれて行ったのかもしれない。そこで彼が触れたものは何か・・。先ず第一に、それは見詰めれば見詰めるほどに自分のそれとは比べ物にならない確かな存在感だった。まるで「生きる意味」の答を知っているかのように見えて、真壱は無意識にその答を彼らに何時も問いかけていた。そして次に触れたのは、そんな生命の神秘に関わって間違いなく存在している自然の法則であった。それが何かは俄かに解らないものの、それに触れることで、彼の中に有る潜在的な自然が呼び起こされて、その純粋が際立つことになるのだろう。それは何時しか、彼の眼に、物事の全てに対して真実や本質を求める精神が宿ることになる。そして先輩の話はそれに丁度リンクしていた。
 そう言う意味で彼のインスピレーションは本物だった。その視線は純粋だった。他でもなくそれは「自然」であった。
 そして、驚くのは、そんな彼の視線を感じた彼女の反応だった。隣のテーブルとはいえ、距離があり、人の陰になったりもして見え難いのだが、人知れず見惚れるには逆に都合が良いのかもしれない。しかし彼女は当然ながら、間もなくして真壱のそんな様子に気付くのだった。初めて視線が合わさったその時、彼の目に何かが飛び込んで来た。それが何なのか直ぐには分からなかったが、瞬時に何かが真壱の中に奥深く進入する感覚がその時あった。二人の視線は合わさったまま暫く動かなかった。ほんの数秒がまるで何分かのようだった。彼のそれも同じように瞬時に彼女の奥の何処かに届いた。何だか空洞が満たされるようなあの感覚だ。
 彼女は何故か驚きもせず、まるで何かを受け止めたようにして下を向き、そしてゆっくりと視線を外した。真壱はそれを見届けた。
 彼女とはグループが違うので、休憩時間や昼休みも違う。しかし、彼の眼はどうしてもつい彼女へと。彼女もそれに気付いて、その度に視線が合うのだが、それは、横に居る康夫の目にもあからさまだった。

「俺じゃないんだよな悔しいけど。そういえばお前けっこう二枚目だもんな」
「そうでもないよ。いや、そういう問題じゃない」
「お前は何か特別な色目でも使ってたんか、一生懸命」
「何てえこと言うんだよ。そんなことじゃない。お前にはわかんないって。俺だって初めての事なんだから」
「彼女が色目つかったんだ」
「ばか、そんなんじゃない。だけど、どっちかと言えば同時なんだなこれが・・。何かがシックリと来ちゃったんだ。そうとしか言い様がない。・・これはきっと、ずっと待っていた何かなんだ」
「待ってたのかよ・・」
「いや、待ってたのは、つまり・・・」
「つまり、何だよ」
「俺よりもイケメンで格好のいい男なら、他にいっぱいいるんだぞ」
「俺とかね」
「それに、学校とか何も知らないままで。それが素晴らしいじゃないか。俺の中にある物を見たのさ。他には無い何かだ。お互いの本質が自然に引き合ったんだ。・・もう何もしないでいいような気がしちゃって・・」
「だから、本当に、何もしなかった」  
「そうだったなあ・・。グル-プが違うとどうしてもなあ。昼休みなんかも時間がずれてるし。なんか、何んでも集団単位になっちゃうんだもんなあ。ミョ-にまとまっちゃって、ミョ-に何か枠みたいな物ができちゃった様で・・」
「集団主義というやつだ。このまえ先輩が言ってた。集団主義からの脱却なくしては日本人の真の自立は無いって」
「難しいこと覚えてんだなあ。それ、試験に出るの?」
「試験に出ることだけ覚えてればいいという今の大学教育にこそ問題があるって」   
「わかったわかった。先輩の話は確かに面白いし、俺だって興味ある。だけど今日のところは止めにしよう」

  全てがカルチャーショックのような先輩の話は、真壱よりも康夫の柔らかい脳と空っぽの引出にそれはダイレクトに入って来ていて、時間さえあれば先輩に付き纏うようにして質問の嵐を投げかけるのであった。しかし、その理解力は真壱の方が長けていて、内に秘められていた本物を希求する精神を刺激して止まないのだった。オチコボレの二人にとって、先輩の講義(?)は目から鱗の連続だった。

「とにかく距離があったことは確かだ。だけど接近するチャンスも有ったよな」
「有ったさ。接近どころか接触だよ。完全なる第二種接近遭遇だ」
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25 夢の行く先

 「鬼の首を獲る」そんなワードから始まったといえる私達のこの夢の旅路だが、一方それは初めから「鬼退治」の様相も暗示していた。怖いもの知らずの私達は、それを楽しみにさえしてその冒険に胸を弾ませ挑んだのである。
 そして、その鬼の正体は、やはり「曖昧」であった。それは学生時代にブームで読んだ日本比較文化論からの集約ワードで、いわゆる「日本病」といわれるこの国の隅々に蔓延る病のその病原に違いない。

 鬼の首とは、つまり、日本特有の企業カレンダーのことで、そのコンペティションは写真家にとって花形といえるビジネスの活躍舞台に違いなかった。とくに絵画やイラスト等各種アートの作家単位で纏められたそれは、作品集ともいえる立派な美術出版物だといえる。写真家では前田真三がその第一人者で、彼の存在なくして私は写真家を志してはいなかっただろう。そして私は、彼が目指す写真の「その先」を見据えるようにして、日々作品作りに勤しむのであった。
 それにしても、相棒とのあの時の無邪気な会話がまた懐かしく思い出される。

「ほほう。面白いや。鬼の首を獲るんだな。俺たちのやるべきことはそれなんだよっ」
「鬼が島に鬼退治に行くんだっ!・・お前が桃太郎で、俺は犬ってところだな」

「鬼の首を取るような事を言っとるな!」と罵声を浴びて私のその挑戦は始まったのだ。そして、上京して三年で早くもそれを叶え、それから毎年それが続くことになる。若くしてレッスンプロの道を外れることで、周りからは「天狗になっている」などという声が聞こえたが、私は意に介さず、ひたすら我が道を行くのであったが、実際にはそれどころではないのであった。それは、何時までも本当に一人前のカレンダー作家になったという認識が掴めずにいたからだ。

 (今は無き)企業カレンダー市場の実際は、主に大手印刷会社数社の間で繰り広げられるプレゼンテーションの入札合戦(コンペティション)で、その絵柄を提供するアーチストとライブラリー、それを形にするデザイナー、それらを束ねるコーディネーターやアートディレクター等が絡み合って、毎年お祭のように春から秋にかけてそれは盛大に催される。何百という企業がそれぞれ綺麗なカレンダーを制作し、大手は複数種出し、Y.I.P用なる高級品も有る。そして毎年末に数々の賞が作品に選出授与される。(しかし、その受賞者はアーチストではなくて、そのカレンダーの企画制作者ということだ。写真家がその受賞を経歴に記しているのをよく見かけるが、それは少し違う違う気がする。写真の場合とくにデザイナーがトリミングすることが多く、絵画と違い「素材」として扱われていることが否めない。)
 とはいえ、それが日本のコンペであるからには、はたして其処でどれだけ真剣な競争・取り合い合戦がくりひろげられているか、少々疑問だ。
 一つのクライアントの案件に対して、各社がそれぞれ何本もの提案を出し、それが何百という企業であるので、プレゼン(代金)だけでも膨大な数(金額)になり、それはもう他に類を見ないほどの大きな規模のマーケット、コンぺティションに違いない。

 そして、私が一人前の自覚がなかなか出来ない理由は、その決まり方にあった。実はその大半が、そのようなコンペによるものではなく、それを経ない直接の依頼や、「持物」(プレゼンではなくその印刷会社に持回りで初めから決まっている案件)ばかりだったからだ。「作品がお役に立ってコンペに勝った」それで初めて喜べて、一人前のカレンダー作家の自覚も生れるのではないかと思うのだ。そうでないと、そもそも印刷会社とアーチストの間の営利的ビジネス関係が極めて不明瞭なものになり(もちろん「写真がお役に立つ」ことは同じで、喜ばしいのだが)、競争原理の外の事なので、そこではビジネスとしての真の充足感が得られない。
 某印刷会社においては、幾ら作品を提供して預けても、「持物」はおろか何のプレゼンテーションにも乗せてもらえずに終るばかりで、その理由が全く解らない。同じ年度に複数の印刷会社でコンペに採用される事はまず無いのかもしれない。ある印刷会社のデザイナーが作家単位のカレンダー採用結果の全てをノートに綺麗に纏めているのを見たことがあるが、何か気味悪い感じがしたものだ。実際に複数のそれを決めている写真家は極めて少ないのであった。尋ねると、「これは御見合のようなもなので良い相手が見付からなかったということです」という回答が何時も異口同音で帰って来る。競争と恋愛を良しとする立場の私には、全く相容れない世界がどうやら其処には有るようだ。
 鬼の首を幾ら獲っても、その本体は、まるで掴みどころの無い化け物のようだ。
 
 レッスンプロの一方のトーナメントプロの舞台がカレンダー市場だとしたら、そこでコンスタントに活躍して賞金獲得を重ねるにはどうしたらいいか、それが何時まで経っても全くわからないままなのだ。そこに競争原理が働かない世界があるとしたら、この不安定感は救いようがないことになる。つまり、私には天狗になるなどという余裕はどこにも無い訳であり、それどころの騒ぎではないのであった。

 作品を認めて「持物」に採用してくれたディレクターの存在は貴重なのだが、その人を頼りにし続けるのは困難だ。実際に「三和銀行」の時、そのディレクターは二年目でカレンダー部から外れてしまった。なんとも危ういビジネスコンタクトであることか。第一、私がいくら感謝をしても、その人がどれだけ嬉しいかが解らない。それによって私には高額の使用料が直に入ることになるが、その一方で、印刷会社の一社員である彼に齎される恩恵は如何程か。年功序列の給料以外の金銭的利益は発生するとしても些少の報奨金だろう。それによって得られる仕事の評価も如何程なのか解らない。その彼は、他のVIP物カレンダーで大きな賞を獲って表彰され、翌年「卒業」して撮影スタジオに移動している。因みにその時の絵柄のアーチストは版画家だった(私の真のライバルは写真家ではないということである)。
 それが他社とのコンペティションの結果であれば、そこに生じる両者のビジネス関係は極めて明確であり、競争の不安は有るものの、少なくともそのような気遣いやそれによる心労などは必要がない。その場合、利益は違っても、他社から獲ったことによる恩恵を分かち合い、共に勝利を喜び合う事になるからだ。集団主義談合社会よりも個人主義競争社会の方が自然で楽だという理由がそこにある。

 もしかしたら、その人は私にとって貴重な理解者で、余計な裏がない本物の類といえる人物だったのかもしれない。本物とは、なんと頼りない危うい存在であることか、折角ながら、私はどうしてもそこに失望感を禁じえないのであった。

 また、相棒はカレンダーに興味が無いのかというと、けっしてそうではない。私と同様、最初からそのコンペには参戦していて、結果が得られないということだ。作品を持ち込む方法も私と同じで、毎年春そのコンペが始まる頃に各印刷会社のカレンダー部にアポイントを取って担当者に見てもらい、暫く預けることになるというものだ。会議室においてそれ自体のプレゼン(売込)の場が設けられる事もある。そして後は吉報をひたすら待つことになる。その間とくに何もしないでいるのは私と同じだ。これについては、私を出し抜くのが嫌なのか、そもそも敷居が高いのか、同様に「今年こそは」と新しく作った自信作を見せる事が努力の全てなのである。
 何処か企業のプレゼンテーションに乗ればその連絡があり、可能性が一段進むことになる。それすら何の連絡も無いままシーズンが終了する事も多かった。
 プレゼンに乗れば、プレゼン使用料が発生するが微々たるものだ。それだけでは到底喜べず「落ちた」という残念感は只事ではなく、それは「宝くじ」の比ではない。

 彼は、何年経っても結果が得られず、よく我慢していられるなと感心するが、或る日、ついに彼がその欲求不満を爆発させた事が実はある。私に追随するように彼が二回目の個展をオリンパスで開いた時、某印刷会社のディレクターが突然来場し「カレンダーのプレゼンに・・」と言われ、写真を預けたのだが、結果は・・「残念ですが落ちました。これに懲りずにまた来年お願いします」というものだった。それに対して彼は・・「懲りずにとはなんだっ。頼んだのはそっちじゃないか。いいかげんにしろっ!」と切れたのだった。その経緯を私に話し、「切れちゃったけど拙かったかな?」と言うので、私はそれに対し「お前の方が正しいよ。切れても当然だと思う。誰もが大人しくしてるのがおかしいんだよ」と返答したものだ。その次から彼がその門を叩くことが無かったのは言うまでもない。その切れた日は、折りしも台風が東京を直撃していて、その怒りの迫力の様が想像できて笑ってしまう。私は彼らしいその有様に想わず笑ってしまった記憶が残る。しかし、その何年も後、その印刷会社から依頼があって、「持物」のカレンダーが決まるのであった。彼の爆発が無駄ではなかったということか。上場企業ではなかったが、見ればそれは綺麗な12枚物の立派な壁掛けカレンダーだった。ついに彼も鬼の首を獲ったのだ。何にしても、彼は次第にその市場には興味が薄れ、或る驚くべき情報を聞くに至って、一切ノータッチを決め込むことになった。談合体質という意味では私の想定内のことであったが、そのシステムは予想をはるかに超えたものだった。中に入り込んでそれを聞き出した彼は、その上で上手く付き合えばいいものであるが、そこまで馬鹿になる気はないということだった。彼も私と同じ本物志向を持ち合わせていることに違いはなかった。

 或る年の9月に、相棒と撮影を同行した際、留守電に何か入っているかもしれないと、秋めいた高原の片隅の公衆電話に立つ彼の後姿の横で虫の音が寂く鳴る光景が、私の耳と目に今も哀愁的に残って消えない。

 聞けば、木原和人も其処では結果が出ず仕舞いだったという。彼も印刷会社のカレンダー部に自作の自然写真をよく持ち込んでいたということだ。そこで、ちょっとした言い争いのような事があったらしいが、それがどんなものか私には想像がつく。「この写真がカレンダーに使えるかどうか」・・最高責任者に直談判をしに行ったということである。私も実は同じ所で同じ事をしていて、同じ人物に「勘弁して下さい」と言わしめてしまったことがあり、それを後に知ったとき無性に嬉しくなったものである。
 だが、彼の場合、レンズメーカー等の企業から直接依頼で時々何本かのカレンダーが決まっていたようだ。しかし、それにしても、トーナメントプロに成り切れない欲求不満は、彼の精神から消え去ることはなかったであろう。
 
  私が早くして企業カレンダーが決まったのは、最初に出した写真集の成果に他ならず、それに冠された有り難い秋山庄太郎先生の序文のお陰に違いなかった。書店でそれを手にした或る広告会社のデザイナーからの直接のオファーであった。クライアントは「興亜火災」で「小さな四季」というタイトルが付いた12枚物の綺麗な卓上カレンダーになった。そこは極小さな広告会社で、それが唯一の得意先カレンダークライアントということだった。休日にアロハシャツに半ズボンという私服で私の自宅をそのデザイナーが訪れて写真を預かりに来た。終始にこやかでフランクな彼は、私と同世代ということで直ぐに意気投合という感じになった。写真とは関係のない話に花が咲き大いに和んだものだ。「友達になりたいのかな」と思うほどの親近感だが、その時すでに私はそこに有る違和感を何か感じ取っていた。

 何時もの事だが、「この人とこうして親しくなれば今後いい感じで仕事が継続できるのだろう」と解っていても、私の違和感はどうしようもなく消し去れないのだ。 したがって、自分の方から積極的に親交を図るモチベーションが働かない。「そんな事より先にもっと肝心な話が有るだろう」「つまらん余計な話はどうでもいい。するにしても後にしてくれ」と言わんばかりだ。まさかそのような事を口には出さないし、必ずしも無愛想ではないのだが、社交的には程遠いものがある。そこはかとなくそんな雰囲気がやはり私からは自然に醸し出されていたかもしれない。

 ちょっと解り難いだろうが、物事には順序というものが有り、それがアベコでは困ると思うのである。本質や真実を後回しにして、棚の上に上げて物事を進める慣習がこの国の文化には有って、私はそれを良しとしない立場なのだ。親交や付合いは仕事の後にするものであり、決して先にするものではない、という拘りが私には何時も有るのだ。それを指して「付合いがわるい」と言うのなら、それで一向に構わない。「つまらない男」と言うのなら確かにそうだろう。しかし、私が本当につまらない堅物男かどうか、少なくともそれは相棒に訊けば答は自ずと出るだろう。話好きの柔軟性に富む稀に見る面白い男だと証言してくれるだろう。

 それにしても、私には、やはり営業面を全面任せられるマネージャーが必要のようだ。所詮アーチストなる者は独自の拘りとプライドを持ち合わせるものであり、それを上手く束ねるエージェントがこの国には未だに見当たらないのが残念である。有ったとしても、それ自体が本質を後回しにするアベコベの社会であれば無いに等しい。本物の才能が其処では日常的にに見過ごされたり、過保護のもとに本物も張子の虎に成り下がって行くことにもなるだろう。

「お陰で今までで一番いいカレンダーが出来ますよ。ところで、使用料ですが、ご希望があれば如何程かお聞かせ下さい。出来る限り対処しますので」

 私とすっかり打ち解けたアロハシャツのそのデザイナーは、一通り充分なほどの雑談を終えて、写真のセレクトも済ませ、本題を切り出した。

「お話しましたたように僕はカレンダーはこれが初めてで、前例が無くて料金体系も特に作っていないんです。だから何時も僕はケースバイケース。私の方がご希望をお知らせ願いたいです。前例が有ればそれを参考にして頂いて構わないですよ」
「前のケースは、ここのところずっと知合いのカメラマンが物撮りした陶器や仏像の写真で、参考にならないんです」
「それにしても、カレンダーの場合、ライブラリーの値段表にもその使用料が表示されていて相場が有るのでは?」
「いえいえ、僕はライブラリーに無い写真ということで藤田先生の作品に目が止まって来たんです。そんな価格では申し訳ないです」
「無理しなくていいですよ。損をしない程度にして下さい。お任せしますから」
「そうですか。そう言って頂ければありがたいです。持ち帰って検討しますので、決まり次第お知らせしてご提示します」

 本当のところ、このような値段交渉の場面において、じつは私には取って置きの決めセリフがあった。それは・・「作品に見合った価格を決めて頂けばそれで構いません」・・というものだ。
 そして、一度、実際にそれを言う機会が有って、どうなったかというと・・相手が忽ちパニックになってシドロモドロな口調で「これで勘弁して下さいっ」と破格の使用料を提示して、それっきりになるのであった。何処か知らない新興宗教(?)の月間誌の表紙で、自然の素晴らしさについて長い文章付きの依頼であった。宗教に関わりたくない思いもあって、それを作品の評価と考え、ありがたく受取ったのだが、あまり良い気持はしなかった。それは確かに駆け出しの写真家には法外の使用料に違いなかった。
 私は、あくまでも謙遜して任意に任せようとしたつもりなのだが、そうは取ってもらえなかったようだ。それ以来、この言葉は使わない方が良いと心したものだ。なんという恐ろしい決めゼリフなのか、今考えても笑えるほどだ。

 その時のアロハシャツ氏にはそれを言う必要は無かったが、それに近いものが其処には有った。そして彼が提示してきたものは、ライブラリーにおけるRM企業カレンダーの最高値であった。例年の倍という事で相当頑張ったということだ。
 そして、その付合いはその年だけの事になり、それが無理な価格が原因なのか、私の付合いが足りなかったのか、今となっては解らないままだ。
 しかし、彼の私の作品に対するリスペクトは本物だったと信じて止まない。彼は正真正銘「いい人」だった。しかし「本物かどうか」・・それにはやはり残念ながら疑問符が付く。私が求める「本物」はなんとハードルが高いのか・・。私は若くて、それを引き下げることを知らず、何時も遠い目をして地平線の上の青空を飽きることなく見つめていたのだ。

「お前は本物に出会えたのか?俺は未だだよ・・」

 そんな事を言って吐き捨てる相棒なのだが、その言葉にはそれなりの根拠と信憑性が有った。私と違って社交を尽くしこの山の隅々を縦横に歩き回って働く彼は、私の何十倍もの人々との出合を果たしているのであった。お陰で私は、彼によって、色々な情報を労さずして得ることになった。カメラ雑誌よりも早い新製品の情報や写真界の情勢など、興味深いものが多く有る。
 その情報源の一つに、面白い場所が有った。それは銀座にあるキャノンサロンの夜の集まりだ。そこでは毎日のようにカメラマン達が酒や肴を持ち寄って所長を囲んだ楽しい(?)夜会が開かれていた。私も一度彼に連れられてそこを訪れたことが有るが、それは想像以上に明確な日本的な社交の場であった。私は一瞬の間に場違いと知り足が逆を向いてしまった。

「おう、藤田さんか、噂は彼からも聞いているから、よく知ってるよ。やっと来てくれたねえ。まあ、先ずは一杯やってくれ、此処は何でも無礼講だから、遠慮は要らないよ。皆、本音で毎日ワイワイ楽しくやってるからね」

 そう言って、瓶から注いだビールのコップを差し出す所長の顔はもうすっかり紅くて上気している。その満面の笑顔には人の良さが覗えるのだが、それが酒のお陰だと思うと呑む前から醒めてしまう私であった。

「ありがとうございます。すいません、頂きます」

 快くコップを受け取った私に安心したような彼は、それでも私に対する何か懐疑心のようなものをその目の奥に漂わせていた。それが何故か・・私には容易に想像が付いた。「付き合いが悪い」「とっつき難い」「話が重い」そんな私の噂はペンタックスの外にも当然広まっていた事を知っていたからだ。そして、私は、その一杯を不味そうに飲み干して、彼の予想どおりの期待に答えることにした。

「僕は、ビールを何杯呑んでも酔わないんですよ。ちっとも紅くならないし。面白くないでしょう?・・だけど、シラフで何でも話しますよ。じつは僕はこう見えても話好きなんです」
「へえー、ザルなのかい。それは頼もしい。酔い潰れるまで付合うよ。まあいいから呑みたまえ。肴もホラ、このとおり色々あるから」
「そんなに呑んだら身体に良くないから遠慮したいです。僕はシラフでお付合いしますよ」

 その時の彼の表情が鮮やかに今も私の目に浮かぶ。目の奥に潜んでいたものが一気に外に現われて笑顔が消えた。そして一ぺんの間に不機嫌になり、無言ながらも、それはもうあからさまだった。
 今に始まった事ではないし、この所長に気に入ってもらう必要性もない。此処はキャノンサロンで、そもそも私はペンタックスのプロ登録カメラマンなのである。この種類の人は私が敢えて忌み嫌うタイプに相違ない。つまり、私が求める本物にも程遠い。此処はこれで御仕舞ということで構わなかった。噂どおりで本望なのだ。
 其処がカメラマン達の情報交換の場であることは違いないのだが、彼らが勤しんで足しげく顔を出すのには、もう一つの動機付けが実は有るようだ。それは毎年必ず発行されるキャノンの企業カレンダーで、12枚物の大型壁掛けタイプのそれは立派な代物である。ペンタックスは、何故か何時も外人の写真家を採用しているが、キャノンは邦人なのだった。したがって、つまり誰もが何時か自分にお鉢が回って来る事を期待して止まない。それには此処で先ず所長に馴染んで気に入られる必要がある。そんな連中に囲まれて夜毎に宴を催す所長はさぞ気分が良いことだろう。其処に私が社会の縮図を見るのは早計だろうか。
 そういえば、木原和人にはキャノンからオリンパスに鞍替えした経緯があるが、その理由が何か・・私には解った気がする。また、彼が一度もそのカレンダーに採用されなかったのが不思議であったが、その謎も解けた気がする。

 彼は、この山で、何を求めて彷徨い、何を見付けて、何を成し遂げたのであろう。そして何故・・。そんな疑問が丁度そのまま私自身に重なって、自問自答することになる。いったい私はこの山で何を成し遂げようとして何を彷徨っているのだろう。
 この夢の旅路の本当の行き着く先は何処で、そこには何があるのか・・。想像はつくが、それにしても、この世界の手応えのない虚しさはどうだ。夢も遠退く。本当の手応えなどというものは、所詮ここには望むべくもないないということか。
 今現在、旅は途中に違いなく、したがって、その回答は未だ出すことは出来ない。また、今に至る冒険の旅の全容も未だ語り尽くしてもいない。そこには「事実は小説より奇なり」という話が未だ沢山あって、何時か語りたいのは山々であるが、それは必ずしも楽しい話ばかりではないし、バブル崩壊の災厄や旅の下山の冬山でクレバスに落ちた話など時にリアル過ぎて今話すのには聊か抵抗がある。できれば、この話の行方はハッピーエンドで締め括りたい。そうだ、続きはやはりそれからがいい。

 「丸善作戦」の全貌、リアル倍返しの法廷対決「ポニー渓谷の決闘」と裁判の実態、企業カレンダーのプレゼンテーションの実際も面白いだろう。なにも、全てを語るつもりなどは無いのだが、曖昧という鬼退治の冒険には続きがあるのだ。そして、旅路の行方は未だわからない。父の決断と秘められた夢、妹の献身、母の思い、医療事故裁判、秋山庄太郎氏の関係と、話さなければならない事が未だ少しある。

 それにまた、本物との出合の一場面には、フリーの映画プロデューサー奥山和由氏との話があって、これを語らずに冒険の全容は描けない。或る講演会で氏の苦労話を聞く機会があった私は、彼に私の描く本物像が重なって、それは木原和人にも劣らないものがある。そこで語られた「私は、どうやらこの世界では嫌われるタイプの人間らしい」という言葉に心を動かされたのだ。
 私は直ぐに講演会の感想を書いて送ったのであるが、一番の要件は、その時ちょうど私が書き上げていた一編のシナリオを見てもらうことだった。「彷徨・この空の青さは」がそれである。そのテーマに話の共通性を見出したのだ。
 すると驚くことに、送って間もなく返事があり、事務所に呼ばれ、映画の話など色々と話が弾むこになった。彼は想った以上に気さくで正直な人だった。そして、何よりも、私のそのシナリオを「面白い」と言って、何時か手掛けたいと臆面も無く話すのだった。
 その頃、彼は「天国への100マイルという映画を完成したばかりのところで、その成功をもって映画界に再浮上しようとしていた。

「この後にもう一つ企画が有って、その次にと思ったりするよ。それにしても、これを任せられる監督が居るかだな問題は・・」

 たしかにそれは彼の本音なのだと、その時私は思った。見るからにこれは映像美を求めているシナリオに違いないからだ。これを映像化できる、演技を引き出す映画監督が今の日本の映画界に居るか・・それは私も同感だった。
 そのとき私は・・「心配ないです。僕がそれをやっ見せます」・・という言葉を出そうと思ったが、やはりそれは喉元で止めた。
 今思えば、その時それを口に出していたなら、どうなっていただろう。もしかしたら、大きな展開があったかもしれないが、今となっては判らない。さすがにその日の私はそこまでの自信家ではなかったのだ。それに、私は、その自覚において、写真家としても未だ本物には成れてはいなかった。

 それにしても、何の面識も伝手もない無名の写真家が書いたシナリオを見てくれて、そこまでの話をする彼には、やはり驚きを隠せない。そして、何よりも、少なくともそれによって私のそのシナリオの出来栄えに自信が付いた。
 しかし、氏の思惑は上手く行かず、評価はまずまずながらも興行的には失敗となり、話は自ずと萎むことになる。次の企画は「地雷を踏んだらさようなら」だった。私は完成を待って映画館に駈け付けたのであるが、それは前作と同様に興行的にあまり期待できないものだった。そしてそれはそのとおりの結果となった。売り出し中の浅野忠信の人気と原作の話題性から単館アートシアターの記録的動員を得たが、残念ながら広がりはしなかった。やはり映画は興行が全てなのだと思う。逆もあるが、原作とテーマ、企画が如何に優れていても、やはり出来映えが良くなければヒットはしない。それはシナリオと監督の演出力の責任に違いなかった。奥山氏が報われないのはその為だと私は思った。彼は、ヒット性よりも作りたい映画に拘り続けて失敗を繰り返していたのだ。優れた映画監督に恵まれていれば、彼の人生は全く違うものになっていただろう。彼はやはり恵まれない自信を失くした「本物」だと私は思った。そのとき私が既に自己完成した本物であったら、どんなにか彼の力になれただろうか・・残念で仕方ない。

 その時「七人の侍」のリメイクを要望する私の究極の夢を語れたら、どんなにか面白かったことだろう。まあ、いい笑い話になっただろうが、もしかしたら、監督志望のスピルバーグのように「嘘から出た誠」になったかもしれない。まず有り得ない事ではあるが、そんな想像が出来る雰囲気が、奥山氏には確かにあった。
 「カラー・シネマスコープ」の「七人の侍」・・これは、生きている内に私がどうしてもこの目で観たい唯一の映画に違いない。リメイクする勇気が誰もにも無いのであれば、コンピューターの加工によって実現してもいい。下手な物が出来上がるよりずっと良いだろう。しかし、その場合トリミングすることになり、完成度の高い『絵』の価値が大きく損なわれることになってしまう。やはり、誰かが本気でリメイクするのが一番ではないか。[本気」さえ出せば、或る程度のものは必ず出来る筈だ。新作やリメイクで本作を超える物が永久に出現しないと思い込むのは間違いかも知れないのではないか・・。全てのスタッフがそれぞれの持分でその才能をフルに発揮して、本気の力を出し合えば、或る程度以上の想わぬ傑作が出来上がる事もあるだろう。
 映画は、言わずと知れた総合芸術であり、芸術のあらゆる要素を網羅した、現代文化の集大成であるに違いない。本気を出して本気で取り組むスタッフは居るか、『本物』は映画界にどれだけ居るのか、何処かの世界のように、もしも微温湯に浸かって眠っていたり、自信なく片隅に隠れていたりするのであれば困るのだ。
 本気と本物は、同意語だともいえる。昨今とくに顕著に感じるところの、本気を疎ましく思う風潮は、間違っていると思う。そこに居る本物を隠すだけではなく、それぞれが知らぬ間に己の中に有る本物さえもを眠らせているにちがいないからだ。
 『本気』も、『本物』も、けっして疲れるものではないということを知るべきだろう。

 そういえば、スピルバーグは若い頃から黒澤に心酔していて、常に心の師と仰いでいたというが、その理由が面白い。「すべてのシーンが『絵』になっている」というのだ。黒澤明は画家志望だったし、両者の映画は確かに全て構図が『絵』になっている。彼は海を越えた黒澤明の正真正銘の後継者に違いない。訴求力とリアリズムには遠く及ばないものがあるが、大した師弟関係であることに間違いはない。彼は映画の見せ場作りに長けていて、特にアクションシーンの出来映えには何時も目を見張るものがある。映画は『絵』であり、要所要所に印象的な絵になるシーンを散りばめることが必要なのだ。男優にしろ女優にしろ、絵になるリアルな演技の見せ所というものも手を抜かず心して作るべきだろう。かつて全盛期の山田洋二の演出力は只事ではなく、同じように全盛期の黒沢明のそれに決して引けをとらない。そこには「山田リアリズム」とでも言うべき拘りの演出が確かに有った。黒澤演出の最大の魅力は人間描写における容赦の無いリアリズムであり、それは、喜怒哀楽の表現もさることながらアクションの動作一つ一つさえもがその点すこぶる卓越していて、見る者が目を見張り人間として心底からの感動・共感が呼び起こされる。スピルバーグも言うように、羅生門の殺陣のシーンを見る度に想わず目が覚めるのはその為だ。まさしくあれが黒澤リアリズムの原点に違いない。真実=リアリズムだとしたら、それを絵にする画力を持った監督は世界に他にどれだけ居ようか。そして知るべきは、けっして形だけではない真実を描く絵の真髄というものがそこにはあるということだ。それは、美の意味を映し出そうとするすほどの絵心であり、世界の映画人が等しく彼に屈服する意味がこれである。
 小津安二郎の映画もそういえば『絵』であった。カラーになった時、背景にある赤い置物の位置を何度も変えて絵のバランスを図ったというから、これはもう相当なものだ。全てフィックスなので、こちらの方がよりいっそう『絵』のようだ。
 映画は、やはり絵としての見せ場の完成度が重要なのだと私は思う。そういう意味で、この私のシナリオ作品は、見せ場の連続になっている。それは、私自身が映画館で観たいシーンという事に違いなく、頭の中では、実はもうとっくに飽きることもなく何度もそれは上映されている。母にそんな映画の話をすると、「あんたは一生そういうことを話していなさい」と、何時も一笑に伏されるのであるが。

 私の才能のポテンシャルは、もしかしたら写真よりも映画に向けるべきだったのかも知れないと、時々思うが、「先ずは写真」としたのは、あながち間違いだったとも言い切れない。その道程で得た経験は決して無駄ではなく、もしかしたら、それはその為の年月だったのかも知れないとさえ思う次第だ。
 
 この話にはもう少し続きがあって、その顛末には非常に興味深いものがある。本物vs偽物の構図の話だ。・・しかし、今は話したくない。出来ればこの冒険障がハッピーエンドを迎えたところで、と思うのは我侭だろうか。

 また、私を全面的にバックアップするというFXの達人なる人物も少し前に現れて「ついに私に救世主が・・」という出来事もある。
「先生こそ本物です。直ぐに報われるべきだ。私がFXの腕を振るって応援します。先ずは立派な写真集を出しましょう。五百万ほど有ればいいですか?」
「映画も作りたいですね。何億必要なんでしょう。久し振りにやる気が沸いて来ました。私の人生も変わります」
 その余りにもの話に眉唾で聞いていた私だったが、彼は至って本気のようだった。そう見えるのだ。夢が夢を呼んで膨らむまで膨らんだ。日を追って彼の顔付も良くなってくる。そして「ナチュラル」という会社を立ち上げる準備まで進むのだった。ロバート・レッドフォードの野球映画にちなんで私が付けた社名で、生まれながらの才能を合わせて遅咲きの夢を実現する、という意味だ。彼の話はリアルだったが、しかし所々に上げ底が見え隠れしているのも確かであった。
 そもそもFXには危険性が付き物だ。「贅沢に飽きて一切それを封印していた」という話も信憑性が薄い。一時期たしかに大いに儲けて、その後大失敗をして足を洗った、というのが実際だろうか。私がいくら楽観主義者でも彼の信用性は今一だった。
 そして、その不安が早々に的中したかのように、或る日、彼は突然私の前から消え去った。「何だったのか・・?」その真相は謎のままだが、少しばかりの心当りが私に実はある。何にしても、大船に乗って海原の真ん中で大沈没するより良かったかも知れない。「世の中にはこんな出合があるものだ」という可能性を垣間見ただけで充分だ、という妙な納得をする私であった。それにしても、思い出す度に空しい気分になるのは否めずに、悲しいかな、彼の再来を心の何処かで望んでいる私が居るのも否めない。

 夢を語り合う彼とのメールの通信記録が、数多く残っているが、それがすごく面白いのだ。彼が本物だったのか、それとも大法螺吹きのペテン師だったのか・・その真実は判らないままだ。「○○さんは本物ですか?私は正真正銘の本物ですよ」そんな質問に責任を感じて、逃げ出したくなったのかもしれない。もしそうであれば、彼は本物ではなかったことになる。本物をもう他者には求めないと決めた筈であるのに、まったくなんということだ。
 しかし、「人生が変わっちゃった」と言って、途方も無く拡がる夢を語る彼は見るからに若々しくて、その目は確かに純粋だった。それだけは間違いないと断言できる。

 とりあえずのところ、今は冒険の旅の荷を下ろして訪れた安寧に浸かる日々だが、この冒険障はやはりハッピーエンドにしたいものだから、この続きは、少なくともそれがもう少し近付いたところで話したいと思う。土産話は未だあるし、何よりも、苦労して探し当て持ち帰ったお宝も手元にはある。今のところ宝の持ち腐れの感が否めないのであるが。
  ただし夢の旅路は未だ終わりではなく、これからこそが本番だと思うくらいだ。 その行く先は、おぼろげながら今の私の目には見えていて、それが幻か・・やはり確かめなければならない。しかし、本物捜しの彷徨の旅は、もうするつもりはない。
 また、私自信が本当に本物かどうか・・その答を知るには、やはり、もう少し時間が必要だ。終らない夢の行く先にその答は待っているに違いないからだ。

 来た道は、「道草」のとおりの旅路なのだが、今は「地平線」でもなく、それにまた「しおさいの詩」でもない。「山河」は未だだが、「さらば青春」ということだ。

⑥カルチャーショック

 相棒と私のプロデビューの時間差は、ちょうど半年であった。
 私が先にスタートを切ったのだが、その間には実績としの差は殆んど何もない。
それよりも寧ろ、私の上空には早くも暗雲が立ち込めていた。
 もちろん、その上にはちゃんと青い空が広がっていて、それが一時的なものだと
信じることが出来ていた。私の場合、それは想定内のものだったのであるが、やはり
現実に直面するとなると、それはカルチャーショックというものに他ならなかった。

「こちらがお話しました倉持さんです。業界では五本の指に入るエージェントの社長
の甥子さんで、僕と同級で友人でもあって、藤田さんとも同級になりますね。」
 ギャラリーの佐々木さんが、個展が終了した或る日、満を持して正式に紹介するた
めに二人を引き合わせてくれた。
「はじめまして。藤田と申します。宜しくお願い致します」
 彼は写真展の時に何度か来場していて、長い時間興味深く私の作品を見詰めていたりするので、特徴がある風貌もあって、よく覚えて知っていた。
 形どおりの挨拶と名刺交換をすると、彼はさっそく本題を切り出して来た。
「うちでやりましょうか。」
 あまりにも唐突なのでその意味が何か大体分かったのが私は説明が欲しかった。
「え、どういうことですか・・」

 写真展の間じつに様々な人と名刺交換をしたのだが、やはり眼目は、私がこれからプロとして生計を立てて行く為に重要な出会いがこの中に有るかということだった。
 そして、それらしい出会いがその中には確かに有った。
 フォトエージェンシー、フォトライブラリーというものがそれで、有名どころの数
社が私に興味を示してくれて、自社のアピールを丁寧にしてくれていて、その一社は星野道夫が看板作家ということだった。
「星野さんの写真集はうちが作ってるんですよ。」
 そう言ったのは「アニマルフォト」という会社のやり手らしい女社長だった。
「そうなんですか。出版社が出してくれるんじゃないんですか。」
「出すものを出さないことにはば出してくれませんので。」
「それは知りませんでした。大変なんですね。」
「うちはライブラリーとは違って作家と付き合って育てるエージェントなんですよ」
「僕のスタイルに合ってる気がします。」
「ただしうちと契約の場合には、うちだけにしてもらいたいのですが、どうですか?」
「その方がいいのであれば、それでいいと思いますよ。」
「そうですか。じぁあ、よく考えてお返事ください。楽しみにしております。」
 その会社名は知っていて、星野道夫の写真集も知っていたが、その女社長の存在は、当然ながら知らなかった。ロビーで話しているうちに佐々木さんも加わってき
て、世間話などが始まって、少し盛り上がったりもした。
「社長に気に入ってもらって可愛がってもらったらいいんじゃないの藤田さん。」
「気に入ってもらう自信なんてありませんよ。写真ならその自信ありますが。」
「藤田さんは固いんだから。もっとフランクに行かなくっちゃあ。社長に手解きしてもらうといいかもしれないなこれは・・」
「うふふ。へんなこと言わないでよ。それは光栄な話ですけどね・・」
 私はけっしていい気分ではなかったのだが、頭を掻いて照れ笑いをした。そして、もしそのような事になったときのことを、一瞬の間に様々想像してしまったものだ。
見れば、そこそこ美人な四十路の熟女である。胸元が開いていたりしていて、仕草もどこか色っぽく見えてくるではないか。この社長とどんな関係になれというのだ。
 まさかそんな。いやそれもいいかな、いやだめだだめだ。とんでもない。

「うちに預けてもらえれば嬉しいですよ。木原さんが出て行ってから、あの手の作品が実はうちも欲しいんですよ。」
 そう言ったのは、あの「光の五線譜」を企画して出したネイチャープロダクションだった。社長ではなく、営業担当者だったが、やはり私は大変嬉しくて、ここが間違いなく憧れた東京の第一線であることを認識させてくれ、感慨深いものだった。
 「ネイチャープロダクション」の存在は、私が学生の時に「光の五線譜」によって知っていて、その契約カメラマンで成る「N.P,S」という写真家グループの存在には特に興味があって、それは正に憧れでもあった。胸にそのエンブレムをあしらったカメラマンジャケットを身に着けて並んで写るプロフィル写真が眩しかったものだ。
 木原和人は「光の五線譜・3」の頃から参入していてそれは尚更憧れの対象になった。その誰もがいわゆる脱サラ組であることが私のプロ宣言の後押しになったに違いない。
そのエージェントが私との契約を欲している。なんと光栄なことなのだろう。

 写真展の目的が「プロとしての出発」ということが前もって知らされていたことは確かなようで、それに見合った業界の各社人物に案内状などが配られていたわけだ。
 カメラ雑誌社にもそれは当然行っていて、私はほぼ毎日会場に詰めていたので、その各社の編集部なりが来て、どんな反応・評価があるのか、恐れながら楽しみにしていた。
 しかし、それらしき人物は二週間の間ついに私の前には現れず、肩透かしを食ったような感じであった。あとで芳名録を見たらそこにはそれらの社名と編集部の人名が記されており、安心したのだが、得体の知れない不気味さを感じたのも確かだった。
「日本カメラ」「朝日カメラ」「学研」など、たしかに私の写真展に来てくれていた。
 私が不在の時に来られたのか、それとも意図的に会うのを避けたのか。会う気があれば出来るのにしていないのはどういうことなのか。などと、どうしても思ってしまう。唯一その中で来てくれて挨拶できたのは「日本フォトコンテスト」の編集長だった。この写真誌は、佐々木さんの尽力で、この写真展に合わせた4月号の口絵に、前もって載せるよう手筈を付けてあり、当り前といえば当り前の話でそれは周到な根回しなのだった。
 そして驚いたことに、その彼も私と同じ歳だということで、その日はそれで大いに盛り上がるのだった。若いの若くないのと三十路という同年代の自虐ネタに花が咲く。しかし、私はその時、何か一抹の不安、空しさのような感覚が心の底に広がるのを禁じ得なかったのも、また確かなのだった。
 この編集長は、見るからに人が良さそうで正直な人物である。そして私をどうやら気に入っている様子で、人懐っこく色々と話しかけてくれている。私もけっして悪い気はせず、話も楽しいのであるが、あえて言えば「何かがちがう。」 私がしたいのは写真の話であるのに、それが棚の上に上げられて、まるであたかも避けてでもいるかのようであるのだ。
 口絵に抜擢してくれたということは、即ち私の写真の評価があってのことに違いない。しかし、はたしてそれだけだろうか。話すほどにそれが分からなくなる。作品よりも「人となり」気に入られてナンボとはこの事か。それにしてもまるで急ごしらえのこの親密感に感じるこのどうしようもない違和感は何だろう?。そんな疑問が私にはどうしても沸いて来るのだ。おかしいだろうか。
まことに残念ながら、この人たちに此処で事のほか気に入ってもらう心算が私には無いのだ。
それにしても、写真展の評価が何時どうやって得られるのかも、さっぱり分からない。私が今ここに居るのは私の写真の真の評価を知る為なのに、しかしもうそんな事はまるでどうでもいいようだ。

 そして、そんな疑問符が大きくなってしまった一つの会話がその頃にあった。
「藤田さんはウチの佐々木と学生時代からの友達なんだってね。」
「いや、佐々木さんとは、この写真展のことで始めて知り合ったんです。大学も、僕は名古屋ですし、佐々木さんは東京の立教です。知り合いようがないですよ。」
「ほんうとうかい。それは意外だなあ。それでよくあんな写真展が開けたもんだなあ」
「本当ですね。写真展の応募に普通の手続をして普通に申し込んだんですよ。それで、その時の担当が佐々木さんだった、ということなんです。とにかく佐々木さんのお陰です。」
「へえぇ、そうだったの。驚いた・・。まあ、うちの者とは精々仲良くやってくれたまえっ。」
「はい。そのつもりです。こちらこそ宜しくお願い致しますっ」
 それは、いつもは顔を出さないベンタックスの重役の人で、何かのレセプションの時に始めて名刺交換をした時に交わしたものだった。その時の重役の驚き方は普通ではなく、まるで何かカルチャーショックを喰らった感じに私は見えた。人間関係において何のコネクションもない私を不思議がるその様子が面白かった。
 つまり、こうして皆で仲良く気楽に付き合い和気藹々でやって行こう、ということだろうが、私がそうなったらオシマイなのだ。
「もしかしたら、新しい事が確かに此処で起きていて、何かがきっと始まるに違いない」と、私は思った。 

「契約はうちだけにして下さい。」
「独占契約ということですね。」
「ハッキリとしたものではないですが、そういう事になるのかもしれませんね」
「どういうことでしょうか?」
「契約書にはそういう記載は無いですが、その方がやり易いんです。」
「どうして記載されないんでしょうか?」
「そんなにハッキリ独占としたら、生活を丸抱えする事になっちゃいますから。」
「それは出来ないことなんでしょうか?
「出来ないですね、プレッシャーがかかりますから。というかやり難くなる」
「やり難いんじゃ仕方ないですね。結果を出して頂かないと困りますからね。」
「心配をしなくても、結果を出すように頑張りますから。」
「丸抱えじゃなくても、最低保証みたいなものは無いんですか?」
「今のところ、うちにはそういうのは有りません。」
「僕の写真が売れないかもしれない訳ですか?」
「いえ、売れると思っているからのことで、即戦力ということになります。」 
「それは有り難いお話だと思います。」

これは、この業界のライブラリーやエージェンシーに於いて、契約の話になったときに決まって交わされる会話の凡例である。その口調や言い回しはそれぞれ
に違っていても異句同言、内容はまったく変わらないと言っていい。

 あの女社長の所にしても「うちだけにして」「頑張りますから」と言っていた。
その一方で契約書を見ると、独占契約らしき文言は何も無く、そこに有るのは、作品が売れたときに差し引かれるマージンの割合だけで、一律4~5割というのが相場のようだ。売れたら売れたとき。売れなかったら御免なさい。そういう事だ。
どこにしても同じだということが分かり、やはり、私の選択肢は一つになった。
 結局それは、佐々木さんが紹介してくれた社長の甥子の所であった。

「うちはハッキリとした完全独占契約だからね。」
「契約書にもそれが書かれてるんですか?」
「もちろん。他を通して作品を動かしてもらいたくないんです。自分でも。」
「その方がやり易いんですね。」
「そういうこと。だから、それが独占契約。」
「つまり、僕は作品の創出、撮影に専念して提供すればいいと。」
「そういうことです。」
「理想的ですね。それは。」
 佐々木さんの紹介であることと、契約書に独占の文言が記載されていることで、私は、契約を一社に絞るしかないのだとしたら、選択の余地は他になかった。

 そして、契約の日が来て、その日、渋谷の道玄坂の一等地にある立派な洒落た白いマンションの最上階のコンドミニアムの一室に居るのであった。高層ではないが、20階ほどの古い形の高級マンションはこの会社のステイタスを表しているようで、私は待っている間、次第に緊張してきて何かが始まる予感に身震いを禁じ得なかった。傍の本棚にあるのは洋書ばかりで、基本的に外人のアーチストを扱うエージェントだという予備知識に納得していた。

「うちが日本人のアーチストと正式に契約するのは藤田さんが始めてなんです。」
「契約書を確認してください。外人用のものを一部修正したものになりますが。」
「どんな修正なんでしょうね。」
「まあ、それはいいじゃないですか。日本人とアメリカ人は違いますから。」
「日本語に直しただけじゃないんですね。」
「とにかく一度目を通して、問題なければサインをお願いします。」
 外人相手の会社とあって、他の会社とさぞかし違うものだろうと思って期待して来た私は、先ず、一目見て、その期待の儚さを思い知らされるのであった。
「これ一枚ですか?」
「そうですよ。分かり易いでしょ。」
「はい。もう読めました。」
「では、下のところにサインです。」
契約書が何ページもあって分厚いのが欧米のビジネス社会だと聞いていた私は、ここが日本のど真ん中であるという現実を正に目の前に突きつけられていた。
 そして、サインをする前にどうしても聞かなければならない事が私にはあった。

「完全独占契約はいいんですが、売れなかったら一円も入らないわけですか?正直言って、何か一方的な気がするんですが、契約金とか、最低保証金とか、何かそういうのは、望めないんでしょうか?」

 にこやかだった彼の表情が急に真顔になって、落ち着いた様子でそれに答えた。
「そういうのは望まないで下さい。」
「もし望んだらどうなりますか?」
「私にはどうにも出来ません。」
 更に真顔になって、見ると笑顔が完全に消えている。
 私は、今が勝負だと思ってね更に発言を彼以上の真顔で続けた。
「では、社長さんと話させて頂けませんか?」
「社長は今居ません。ニューヨークに出張中です。このの件は全て私に任されいます。だから、私の判断が全てなんです」
「つまり、どうにもならないんですか・・」
「そうです・・・」
 これ以上掛け合っても無駄で、関係が悪化するだけと悟った私は酷く悩んだ。
 一分間の内に考えを巡らせて、そしてサインをすることに決めた。
 第一に、何あろうペンタックスの佐々木さんの紹介であることと、それから、契約書に一方的ながら完全独占契約が明記してあるという他には無い点である。
 明記も明言も無いのであるが、そこには自ずと不文律の責任関係が発生していて、そのことを彼も充分に承知しているのだろうと、私は思った。

「すみません。僕は基本的に最低限の自己主張はするように心がけているんです。何でも言いますから、その都度聞いてやって下さい。そして問題を解決しましょう。
何でも言い合って、何でも解決して、共に成長して行きましょう」
 彼が真顔をして頷いているので私は取って置きの言葉を後回しにしてサインした。
 契約書に完全独占が記されているのだが、他が言ってくれていた「頑張ります」が記されてもおらず、言葉としても聞いていなくて気になっていたこともある。
 そして、私は満を持しその言葉を彼に投げかけた。

「僕がこの世で一番きらいなことは、曖昧といいかげんであることなんです。僕と付き合う以上、そのことだけは気を付けて下さい。どうか宜しくお願いします。」

 そう言って明るく握手をしようと思った私は、正にその瞬間、図らずも彼の正体というものを目の当たりにすることになるのであった。そして本当にそれは目を疑った。
 テーブルを挟んで正面に座っていた彼は、突然、横を向いて、別のテーブルに移り、まるで幼児が拗ねてしまったようにテーブルを叩きながら突然叫んだのである。

「なんでそういうこというんかなー。言ってほしくなかったなー。やだなーっ!」

 その姿はさっきのでの落ち着きぶりからは豹変していて、まるで幼児のようである。顔は、元々童顔なのだが、頭はすっかり禿げ上がっていて、体形はメタボ。喋り方は甘えたようで声が細く小さく、社長の甥子という形容が似合ってる。林家こぶ平にそっくりだ。それは現実世界のものではなく、まるで漫画の一コマのようだった。

「すみません。すみません。僕が言い過ぎました。ははは、あははは」
どうしたらいいか分からなくて、訳もなく私は反射的に収拾のために謝っていた。

「そうだろうー。たのむよたのむよー。もっと気楽にやりたいんだよ僕はー。」
「そうですよね。気楽にやるのがいいですよね。それは僕も一緒ですよ。」
「ほんとー?頼むよねー。ほんとにもうーー!」
「本当ですよ。僕も気楽がそりゃいいに決まってますから。宜しくお願いしますっ!」

  どうにか甥子の機嫌は直り,その日の契約締結の調印式は終わるのであった。私の彼に対する期待は見事に外れ、逆に不思議な力が内に漲った。終ったのか、いやちがう、始まったのさ。
 それはあまりも鮮やかな現実としてのカルチャーショックの洗礼である。 しかし、このショックというものが、何かを変えるきっかけになることを密かに期待するのも事実であった。分かり易すぎる想定内の展開なのである。
「日本社会を上手く渡るには物事をハッキリさせない事、真実を追及しない事だというのは間違っている」・・「本物とは何か」・・あの若い日に友と語り合い掲げた夢と信条に揺るぎなどはない。
 それを体現することで嫌われ者にになるのだとしたら、それがどうした。望むところだ。本物を隠すのは誰だ・・。自信を失くして俯いた本物が顔を上げ、偽物が下を向とき時代も変わるさ・・。
 その時、確かに私は若かった。その精神は鋼のように硬い半面、じつは柔軟で、その真髄は基本的に楽天主義なのである。

小説・この空の青さは-2

「そうか、またあそこへ行くんだな」
 留年友達の康男が、そう言って、正門前で、並んで歩く真壱の足取りを止めた。
「ああっ」と屈託のない笑顔を見せて立ち止まる真壱。
「今日は水曜日だからな。それにしてもそろそろ進展あるんだろうな」      
「まあ自然の成り行きさ。自然さまさま、神様さまさまだ」
 明るく微笑んだままそう言い放つ真壱に、つられたように微笑んでしまう康男だったが、しかし、すぐに苦笑いになった。
「それにしても、面白い関係だなあ。おまえとあの子は」    
 すると、真壱はおどけたように大袈裟な身振りで、頭を縦に振って頷いてみせた。
「御免、御免、面白いって、つまり、興味深いっていうことで。ぜんぜん可笑しいってわけじゃなくって。つまり、その…言うなら、ある種のメルヘンって言うか、なんて言うか、いまどき無いって言うか、珍しいって言うか、いやいや、つまり、貴重って意味で。そうそう、希少価値って事で。…そういう意味で…楽しみだって訳で…。つまり…」   
 頷いたまま真壱が言い切った。
「いいんだいいんだ。ちょっと無い状況だからな。…特別さ」       
 変わらない彼の笑顔に康男は安心した。
「俺は応援してるんだぞ。冗談ぬきで。本物の恋愛ってのがどんなものか、見せつけられてる様な気がしてるんだ」
 そう言う康男の妙に真剣な顔を見て、同じように真顔になる真壱だが、しかし次の瞬間、突然プーッと噴き出してしまうのだった。
「悪い悪い。お前がそんなこと言うとはなあ。こりゃひとつ頑張んなくっちゃ。それに、メルヘンていうのは当ってるかもしれない。も-しかして、ひょっとして。」
「そうだそうだ。当ってる当ってる。そのとおり、そのとおり」
 ホッとしたように笑って康男がそう言うと、真壱の笑顔がいっそう晴れやかになった。
 しかしまた真顔になって康男が言った。
「だから頑張ってほしいんだお前には。それに先輩の仮説を覆したいからな」
「ああ、あれね。あの恋愛論。チョット悲観的すぎるけど、正解かもね。…日本的恋愛論…。ありうるありうる、はははは」
 と言って真壱は明るく笑った。
「頼りにしてるぜ。俺なんかもう悲惨だからな。せいぜい良いもの見せてくれよ」  
 そのままの笑顔で力強く頷く真壱につられて、また康男が笑顔に戻った。 
 二つの明るい笑顔の上には、初夏の青空が大きく大きく広がっていた。そして、また、一羽の鳶が、ゆっくりと大きく輪を描いた。

 『日本的恋愛論』ー『先輩』ーそれは何か。それは誰か。そのどちらもが、真壱にとってはカルチャーショックそのものだった。だいたい、恋愛論自体、特別に考えたことなど無かった彼だ。ましてや、『日本的』などとは。しかし、一度聞いて理解した。有り得ると。
 それは、一言で言えば「お互いが本気で好きかどうかをハッキリと確認し合わずに付き合う」というもので、なんとなく好きで気楽が一番、それが楽しく付き合う秘訣であって、ハッキリさせたら始まるものも始まらない、と言う。そんな事があるだろうか。そのキーワードは「曖昧」であり、それこそが「日本的」なるものの正体なのだとも。
 しかし、それはどうでもよかった。先輩の話は確かに興味深くて面白いものに違いなかったが、彼はそれほど意には解さなかった。「そういうこともあるだろさ」「しょせん本物は少ないものさ」「関係ないね」ということだ。
彼は基本的に理屈は嫌いであるが、理屈を超えた何か真理のようなものが世の中にはきっと在って、それが何かを知りたいと何時しか思うようになっていた。自然写真に没頭することでそれは自ずと芽生えたのかもしれない。そこにあるのは「自然の摂理」、知りたいのは「真実」であり、求めるのは「本物」だった。先輩の話もそういう意味で面白いのだった。
 あえて恋愛の意味を考えるとしたら、それは本物の相手と出会うことに違いない。たとえどんな恋愛論があったとしても関係ない。特別に必要もないさ。相手が本物であれば。それにしても、本物の相手とは何か、本当の恋愛とは何なのだろう・・。
 あの日あの時、彼女と感じ合った初めての恋のインスピレーション。それが何だったのか、本物ではなかったのか、それをハッキリさせる為に実は真壱は今そこに居た。あの時あの場所に置き去りにした忘れ物が今そこに・・。それは確かに日本的恋愛とは程遠い間逆のアプローチに違いなかった。曖昧なままとか、なんとなくで始まることなんて考えられない。第一そんなことが楽しいものか。そんなことで本物が見付かるものか、ということだ。そして、彼が確かめたいのは、二人の間にあの時たしかに通じ合ったインスピレーションが何だったのか、そこにある真実が何か、ということに他ならなかった。

 人には誰しもが生まれながらにして心の中にどうしようもない一つの空洞があり、人が異性を求め合うのはその空洞を満たそうとする精神的な本能の発露に他ならない。彼の漠然とした恋愛の概念は、言うならばそのようなものだった。学園での先輩や康夫との本物談義の中でそれは次第に具体的になり、明確になりつつあった。そしてそれは、恋愛の本当の意味の希求に他ならなかった。
  真壱が漠然ながら認識する自分の心の空洞は、時にイラスト的な映像で想い浮かんだ。よく有るハートマーク、ギザギザに欠けた片割れである。ただし、あくまでも柔らかく、かつ立体的で、その欠け方も複雑なものなのだった。多分、人それぞれに様々な形をしていて、隙間なくピッタリと合わさる相手こそが本物の相手だと思う。だけど柔らかいから柔軟性もあるさ。いつか自分に合った片割れが見つかるんだ。「何処かに居るさ」そう思えば、それまで幾日かかろうと淋しくもない。そして、心のその片隅に「君だったんだね」という言葉を彼は潜ませていた。そんな出会いの日が来ることが楽しみだった。そのときすべてが始まるんだ。すべてを許し合い、そして信じ合うんだ。それがあの子であるのかどうか、今はまだ判らない。しかし、見るたびに、それだけでそこが満たされるそうになる。きっと彼女も・・。
「自分の中では、じつはもうとっくにピッタリと来ちゃってるんだよね」と、つい先日の事そんな告白を康男になげてみた真壱だった。「じゃあ、そうなんじゃない」と、あまりにもあっさりと答えられ気が抜けたものだった。もしかしたら、それは本当に簡単なことなのかもしれない。

「またあそこへ行くんだな」
「ああっ」
 そして今、真壱の足どり、ただ一直線とある場所へとまっしぐらに向かっていた。

 初夏の日差しが今日はやけに明るくて、全てのものがなんだかキラキラ輝いてさえ見える。
「きっと今日は特別の日なんだ。そうだ、そうなるんだ。きっとそうだ」
 街路樹の緑、街角や花屋の花達、そればかりか、通り掛る全ての人達が、今日は確かにいつになく明るくて、特別の素顔を見せているようだ。 まるでミュージカルのステップを踏むように、真壱の足取りは軽やかだった。雑踏を掻き分けるようにしてどんどん進むそのフットワークはあくまでもスムースである。生なりの綿パンの裾とブラウンのデッキシューズのつま先の軽やかな躍動が自分の目にも鮮やかだった。確かに何かが真壱突き動かして、何かがそこへと引き寄せていた。
 
 バスと地下鉄を乗り継いで、真壱がその場所へ着いたのは、午後三時半丁度ころだった。星ヶ丘駅前。デパートの広場にベンチが並んでいて、その一つが彼の指定席だった。
「余裕、余裕」
 真壱は腕時計を見ながら、そう言ってドスンとその席におさまった。そして、すぐにショルダーバッグから、何やら一冊の本を取り出した。それは写真集であった。「木原和人作品集・光と風の季節」そう書かれたタイトルの表紙は、花の写真を活かした奇麗なものだが、その縁は擦り切れていて、少し古びれた様相を呈している。じつは彼のバッグには、まるで御守りのようにいつもこの本が入っているのだ。二年ほど前に購入して以来ずっとである。確かにそれは夢というお守りだった。自然写真家・木原和人。三十四歳の新進気鋭のその作家は「一匹狼」という異名をとるほどに個性が強く、作品と同時に、時々雑誌の対談のなか等でも、その独自の存在感を表わしていた。既存の写真家集団には所属せず、ひたすらオリジナリティーを追求する彼の姿勢がその異名のゆえんであった。そして、そのことが他でもない真壱の心を捕えていたのだ。間違いなく彼こそ真壱の憧れの人物だった。その写真集のページを捲る度に自然の清廉な風が吹き渡った。心が洗われ、自分自身が自然になれる様な、そんな爽やかな風だった。そして、今こそが、自然になるべきその時だった。
 写真集の醸し出す空気を吸い込むようにして、ひとつ大きな深呼吸をした後、真壱は丁寧にそれをバッグにしまいこんだ。そして、ゆっくりと或るひとつの方角に目を向けた。その眼差しはあくまでも真っ直ぐだった。まるで望遠レンズのそれのようだ。正確にはズームレンズといったところか。とにかく、その先にはひとつの風景があった。流れだ。人の流れ。焦点距離は十メートルほどだった。そしてそれは、まるで逆光に輝く川の水面を眩しく見つめるような眼差しだった。   
 右から左へと動いている人の流れ、それは他でもなく、女子大生の下校風景なのだった。上流には校舎が、下流には地下鉄の駅の降り口があった。水面の光の一つ一つが、それぞれにキラキラと輝きながら流れていく。
 真壱はひととき腕時計に目をやった。四時十分前だった。そして、おもむろにまた視線を戻したとき、一人の女子大生がその流れの中から突然飛び出してきた。そして、真壱をめがけて真っ直ぐに近づいてきた。一瞬だれだか分からなくて真壱は戸惑った。というよりは、心底驚いたのが実際だった。だが、すぐに安堵した。その視線は自分とは微妙にも確実にそれていて、まったくの赤の他人のそれだったのだ。
「ゴメンナサーイ。遅くなっちゃってー。待ったかしらー」
 今風の身なりのちょっと美形のその女子大生は、大きな声でそう言って、真壱の正面ちかくで足を止めた。本当に見知らぬ顔だった。すると、後ろの方から一人の背の高い男が現れて、真壱の前に進み出た。真壱のすぐ側には備え付けの灰皿があった。男は慣れた仕草でそこにタバコの火をもみ消して、女に近づいた。これまた今風の身なりの学生だった。「待ったもいいとこだよ。十分早くきたから余計じゃん」
 男は不機嫌な表情をあらわに、そう言って立ち止まった。真壱の目前での対面だった。
「ゴメーン。ほんとゴメーン」女は両手を合わせて見るからに可愛い表情でそう言った。すると男は一転して笑顔を作り   
「ウソッ。本当は今来たとこ。俺のほうが遅刻だと思った。…なーんちゃって」
 と言っておどけて見せた。   
「ナーンチャッテは余分よっ」
 女はそう言うと、暫くツンとすましてみせたが、すぐに満面の笑顔になった。そして二人は和やかに微笑み合うのだった。
「・・・・」
 それとはなく見ていた真壱だったが、無言のままつられたように微笑んでいた。同年代の学生同士とはいえ、見るからにも自分に比べて随分と大人びている。しかし、微笑ましい情景である。羨ましいとさえ思った。だが、次の瞬間、彼は表情を失った。
「かわいいやつだ」
 男はつかつかと女に近寄ると、そう言って頭を撫で回し、耳元に何か囁いたと思ったら、そのままでおもむろに彼女の頬にキスをした。そして、すぐにそれは唇に移り、女もそれを受け入れた。女の顔が馬鹿になったように見えた。まるで人形劇の舞台の一場面を見るようだった。いや、もしかしたら見せ付けられているのかもしれない。真壱の目にそれは決して自然なものには映らなかった。
そういえば、先輩の言う日本的なるものの正体として表される概念としてもう一つ「他律」と言う言葉があった。自律の反意語であるところの他律ということであるが、「読んで字の如し!」と言うだけで詳しく教えてくれないので困ったものだ。しかし、恋愛とそれにどんな関係があるかについて、面白い話があったのを想い出す。それは曖昧な関係のまま付き合う恋愛の奥義とでもいうもので、世間に二人の親密な関係を晒すことでそれを補うというものだ。「曖昧」と「他律」は切り離せない重大な日本的要素なのらしい。空気を読んだり他人の目を気にする日本人気質は有名であるが、恋愛においてはたしてそんな話があるものだろうか。
先輩には未だ色々と詳しい話を聞く必要があるようだ。まるでノンポリ学生だったの二人は留年した事で何か我に返ったところがあって、恋愛論から始まったその悲観的な文化論の数々がそれぞれ新鮮に響くのであった。二人の無邪気な本物談義の謎解きに先輩の話はどうやら欠かせないようだ。そもそも日本的とは・・。かつて想ってもいなかったそれは大きなクエスチョンマークが二人の頭に点灯していた。

「・・・・」
 目を背ける暇もなく、真壱は目前の出来事に唖然となった。二人の口元がアップになって目に焼き付いたほどだ。だがその時、どこからともなく「ちがうっ」という声が真壱の頭に響きわたった。それは本当にどこからともなく。
 男は女の肩を抱き寄せて、まるで何処かへ連れ去る様に人混みの中へと消えて行った。女は最初と違って随分と貧弱に見えた。
「・・・・」
 真壱の表情は暫くの間消えたままだった。二人の姿を目で追おうともせず、固まっていた。なにか、間違えて悪い映画でも見たような、そんな気分になっていた。一瞬でも羨ましいと思った自分を後悔していた。
 それにしても、「ちがう」という声はどこから来たのか。はっきりとは分からなかった。だが、それは確かに声だった。それは、まさしく生理的なものであり、また同時に、本能的なものだった。いうならば、それこそは真壱の心の底にある本能の叫びだったのであろう。恋愛に何を求めるか、何を指して恋愛というか。そして、幸福の意味さえも、彼はその答を捜していたのだ。
 なにが正論かということとは無関係に、人にはとりあえずそれぞれの価値観がある。しかしだとしても、その叫びのような声は、とにかく目の前で見せつけられた、自分とは違った価値観とのギャップが生んだ、摩擦音には違いなかった。二十二歳で未経験を恥じる者もいるだろうが、真壱はそうではなかった。本物の相手と巡り合うまでは当然のことだった。本物かどうか、それを知るのが恋愛と信じていたのだ。それを知ったとき、すべてが始まる。それでいいのだと。 
 真壱は、まるで水で顔を洗うように、両手を顔面に擦りつけたあと、目を閉じたまま、一つ大きな深呼吸をした。そして目を見開いたとき、われにかえった。腕時計を見ると、針は四時ちょうどを指そうとしていた。思い出したように、慌ててさきほどの流れる風景に目をやった。
「やばい」と思った。
 急に心臓の鼓動が高鳴りはじめた。ドクンドクドクンという音がまるで耳に鳴るようだ。それとは逆に、周りの全ての音が聞こえなくなった。そして流れがまるでローモーションになった。水面の光が輝きを増し眩しくなった。 
 それは時計の針がちょうど四時を指した、まさにその時だった。その風景のいちばん端に彼女は現れた。独りだ。肩ほどの黒髪が風に揺れ、白いブラウスがまさしく輝いているようだ。彼女は美しかった。しかし、美人という意味ではない。それは、いうならば、野の花に似た美しさだった。自然が美しいと同じ意味のそれだった。真壱が重ねたのは野菊の花だが、時にスズラン、そしてカタクリの花だった。野花はけっして華やかではいが、雨に負けない強さと、何者にも混ざらない気高さを持っている。そんな野の花を知る彼は、彼女の魅力の本質をすでに理解しているのかもしれない。
「来たーっ」
 真壱は心のなかで大声でそう叫んだ。その時彼の眼は、ズームレンズのように素早く彼女の横顔をアップで捉えて、暫くはまるでうっとりと見とれてしまった。そして中央付近に彼女が差しかかったその時だった。
 おもむろに彼女がこちらを向いたのだ。そしてアップの彼の視線と交わった。突然、直球が真中に向かって飛び込んできたかのようだ。それを彼は反射的に受け止めた。しかし驚いて、一瞬慌ててズームを引き戻す彼だった。あまりにものアップで腰を抜かすほどだったのだ。だが、彼女は、特に驚く様子もなく、ゆっくりとすぐに前を向き直し、そのまま歩みを進めるのだった。まるでスローモーションで流れて行く彼女。まるで時間が止まったように、それを術なく見送る真壱。しかし、彼女のその横顔は、少しうつむきぎみに、どこかはにかみ、或る種の幸福感を噛み締めている様子であった。少なくも彼にはそう見えた。
「・・・・」
 暫くポーッとしたままの真壱だった。しかし、確かにその時の彼女の様子をしっかりと読み取っていた。そして、意を決して立ち上がろうとした。だが、その動作そのものが、なぜかスローモーションそのものなのだった。
 彼女はすでに彼の視野のフレームからは消えていて、どうやら、地下鉄の下り口の方へ流れて行ってしまったようだ。
 すると、消えていた周りの全ての音が突然騒がしいほどに戻ってきた。
 全ての流れが以前よりもずっと速く感じるのはなぜか。大勢の女子大生が後から後から流れて行く。なにはともあれ、いま真壱は、最小限の或る種の確信をもって立ち上がった。そして、急いでその流れに飛び込んだ。

小説・この空の青さは-1

 信州の春は比較的おそい。少し標高のあるここ戸隠は五月に入ってやっと春らしくなる。木々の緑はどれもがまだ若く、芽を閉じたままのものさえ少なくない。遅咲きの花があるように、遅咲きの緑があるようだ。しかし、どの梢も穏やかな春の陽を浴びて、希望に満ちた新しい季節の到来iに歓びを隠しきれないことにその違いはない。

 それにしても今日のこの春の空の青さはどうだ。「青春」という言葉は、人生において確かにこんな日のことを指しているのだろう。 ひらいて間もない若葉がそうであるように、未だ汚れを知らない若者たちは、それゆえにこそ皆一様にこのときいちばん美しく光り輝く。自らの中に持ち合わせた「自然」というD・N・Aの名のもとにおいて。
人は、かつて自分自身が「自然」であったという記憶をいつの間にか喪失し、周りや自らの中に生じた「不自然」に覆いつくされて行く。そして若者は、純粋であるほどにその青春の旅を彷徨う。だが、すぐ傍らの「自然」を見失うことがないかぎり、その道は決して暗いものではない。容易く濁ることのない己自身が内から放つ光をもって。
 
 人の営みにおいて最も自然でなければならないもの。それは他でもない「恋愛」である。それが自然というものから遠ざかれば遠ざかるほどに人の未来は危ういものとなるからだ。 人が自然であるということとはどういうことなのだろう。まずもっては恋愛において。 若者は、その時、初めての人としての試練に直面する。そして挫折し、堕落していく。その真の価値を知って、立ち止まり、安易に諦めることなく克服するに至る者は決して多くはない。そして今、最初の試練を正に目の前にして、輝く季節の中で佇む一人の青年がここにいた。

 「戸隠森林植物公園」そう書かれた簡素なバス停に真壱が降り立ったのはつい先程のことだった。しかしその姿を捜すのには少しばかり困難を要するかもしれない。
 このところの自然ブームですっかり有名になったこの自然公園を訪れる観光客は、年毎にその数を増し、水芭蕉が見頃となり始めるゴールデンウィークには大変な混雑となる。関東や関西ナンバーの大型観光バスが駐車場に居並ぶ姿もすっかり珍しいものではくなった。だが、最後の休日の次の日には、嘘のような静寂が戻ってくるものだ。そして暫くすると満開の時期になり、それが即ち今日である。では、なぜ捜すのが困難なのか。
「よしっ。いいぞ。すごい。そのまま。もうすこし。じっとして。たのむから」 
 カメラのファインダーに右目をぴったりと押しつけたまま、真壱は被写体に向かって声帯を使わない声で囁くようにそう呟いた。
「カシーッ。カシーッ」
 静かな林に響き渡るようなワインダーによる心地よい連続シャッター音は二回で止まった。不用意に被写体が動いたからだ。そよ風がその体を揺さぶったのだ。
「やったー。かもね。よしもう一回」
 そう囁いた後は暫く沈黙が続いた。そして真壱はやっとファインダーから目を離し、難しい体勢のまま太陽の方を見上げた。
「だめだこりゃあ」
 今度は声に出してそう呟いた。そして、撮影の体勢を崩してフーッと溜息をつき被写体の前に座りこんだ。シェードの役目をしていた薄雲が太陽から離れてしまったからだ。
 彼のすぐ前には、薄紅色をした小さなカタクリの花が三つ並んで咲いていた。この花は水芭蕉に隠れたここのもう一つの名物で、まだ緑の無い藪の中で結構な群生を成している。近寄ってよく見れば見るほどに可憐な野生の花だ。そしてそれが彼の今日いちばんの被写体に他ならなかった。
 この自然公園の植物は全てが自然のまま保護されていて、基本的に遊歩道以外はほとんどが立入禁止だが、それほど窮屈なことでもなく、うまい具合に路が張り巡らされている。 背丈十五センチほどのこの被写体にマクロレンズで取り組む慎一の姿は、元々大きくないまでも、まるで同じ大きさのように小さくなっていて、すぐ側を誰かが通りかかっても気づかないほどだ。それにしても、小さな花との対話は静かなほうがいい。遊歩道からちょっと外れた良い場所を見つける事が、ひとつには彼の得意とするところなのでもあった。
「よーし、来た来た。いくぞ。そのままじっとして」
 太陽にまた薄雲が掛った。そしてまた小さな花との対話がまた始まる。腹這いになって、地面に直接置いた一眼レフカメラのファインダーに右目を押しつけて、レリーズに親指をかけ、被写体に優しく注文をつけるのだった。
 アングルファインダーを装着して上から覗くより、この方が気持が伝わるということだ。
「カシーッ。カシーッ。カシーッ」
 野鳥の声に混じって軽やかなシャッター音が早春の森にこだまする。それこそは、真壱と小さな自然との間での束の間のコミュニケーションが成立した、その証に他ならなかった。そして、たしかに、少なくともその瞬間において、彼は「自然」になっていた。
 間違いなくこれはそのせいなのだが、その時、正にその時、真壱の心のその一番真ん中の部分から、ある熱い感情が込み上げてきた。そしてそれは音にならない声になった。
「彼女に会いに行こう。・・そして今度こそっ」
 もともと顔立ちの整ったほうの彼であるのだが、この時はほんとうに良い顔になった。真っ直ぐな心。真っ直ぐな眼。疑いや戸惑いというものが意味もなく消え去っていたのだ。
「明日はあの水曜日だ。早く帰らなきゃ」
 どうしても落とせない単位もあってまずはキャンパス、そして何よりも、彼にはどうしても行かなければならない或る場所があった。はやる気持ちがカメラを扱う手際の良さを手伝っていた。仕種のすべてがスムースだった。濁りのない若い血液がサラサラと流れ、要所要所で理想的な力で供給が行きわたる。そして速やかにその場を離れ、次の撮影場所へとその身を移した。

 この日、水芭蕉は満開だった。正確には八分咲きとうところだろうか。群生の中の古い花が目立つことのないこの頃が写真にするにはちょうど良い時期なのだ。
 真壱が手にするカメラには広角系のズームレンズが装着されていた。目的はカタクリだけではなかったのだ。この白い森の妖精たちの春の宴を風景として捉えようと、細い木道を散策するその姿はカメラマンそのものだった。レンズの詰った背中のザックと肩に掛けた三脚がすっかり馴染んだ風情である。とはいえ服装は全くの軽装で、トレーナーとジーパン、その上に春物のジャンパーを羽織るという、いつもの彼のキャンパスウェアーだ。足元のトレッキングシューズと腰のウエストポーチが機能的に加わっただけである。気候的にも地形的にも充分な訳だが、普段っぽさが特徴的だ。もちろん雨具は携帯している。 TPOの対象は人ではなく、あくまでも「自然」であって、人にどう見えるかとうことなどはどうでもいいことだった。しかし、つい先程すれ違った老夫婦らしき観光客の、背中越しの「あのひときっとプロね」という言葉には、振り向かないまま、おもいっきりニッコリとしてしまう彼なのでもあった。

 学業そっちのけで、日帰りとはいえ、休み明けの平日にこんな所まで来て、自然写真に没頭している彼としては、プロという言葉の響きはたしかに特別なものだった。四年になるところを図らずも留年してしまい、二度目の三年の春を迎えることとなったのも、少なからずそのせいだった。プロという概念は確かに彼の中で膨らんでいた。しかしそれは、いうならば遙か彼方に飛ばす夢の風船のようなものでしかない。そしてそれは、間違いなく随分大きく膨らんでいた。だが、その風船の行き着く場所は、今はだれも知る由もない。
 ひときわ見事なその花の群生の前で真壱はゆっくりとした歩みを止めた。そして、肩の荷を足元に下ろし、三脚の足を伸ばし始めた。「去年よりずっといい」    
 その場所は昨年の同じ頃、同じように足を止めて、同じように三脚を立てた場所だった。「今度こそバッチリだ」
 野花の開花のタイミングを掴むのは難しい。しかし、それ以上に写真のイメージを高めることに専念する彼の姿がそこにはあった。  雲台にカメラを取り付けて「さて」と思った時、横の方からの若い女性の声に気づいた。
「すみませーん」   
 カメラを覗いたりして花に夢中だった彼は、まったくもってその気配すら感じてなかったのかというと、そうでもない。正真正銘二十二歳の健康な独身の男である。いくら純情で、目の前の白い水芭蕉の花に見とれていたとはいえ、年頃の人間の女性が、それこそ花のような香りを漂わせて近づいて来るのに、気づかないほど鈍感でもない訳なのだった。
 その若い女性のハイカーは確かに或る種の香りを発散していた。先程からの遠巻きに青年に声をかけるタイミングを図る姿はどうだ。友達と二人してさんざんモジモジし合った挙句に、からかわれるように押し出された彼女。その雰囲気は特別だった。若葉のように輝いていた。春のせせらぎのように弾んでいた。そして密かに小さな花の蕾を綻ばせていた。振り向くと、それはどう見ても二十歳くらいの娘だった。可愛い子だな、と彼は思った。
「あの、これ、お願いします」
 爽やかな笑みを満面に湛えながら、そう言って銀色の可愛らしいカメラを差し出した。 そして視線が重なった。そのとき、彼女の何かが瞳を通して心の真ん中へと進入してきた。彼はそれを受けとめた。すると、それはまるで居場所を捜すようにしてぐるぐるとその中を巡り回った。
 じつは、真壱は、自分の心の真中に真空のような一つの空洞が有ることを知っていた。それが吸い寄せたものが何かということは分からなかった。だが、何かが確かに瞬時満たされそうな感触を味わったことは事実であった。それはまた、自分の中の空洞を改めて知らされた瞬間でもあった。視線が外れると、それはほんの数秒のことだった。
「ああっ。いいですよっ」
 と言って、真壱はさりげなくカメラを受け取った。見慣れないカメラであった。
「これって、どうするんだっけ」
 最近のコンパクトカメラは日毎進化していて、機種も多様で、真壱が戸惑うのも無理からぬことだった。小さなカメラの操作をめぐって二人の距離は密接だった。ときどき指先が触れあっていた。聞こえるほどに真空がキューッと音を鳴らした。  
「じゃあ行きますよっ」
 構図にさんざん苦心した末、小さなファインダーの中には二人の乙女が納まっていた。学生かな、と彼は思った。そこには確かに、二人の女性が、同じように真ん中に真空を抱えて佇んでいたそして。一人が輝いて見える。
  訳もないような愛しさが彼の心に漂った。真壱はなんでもないことだと思った。よくあることと、そうも思った。何故か、あの子の姿がそのとき浮かんだ。彼の心の空席は一つしか無く、空席は空席のままだった。訳もない空しさが込み上げてきた。空しさを押さえるようにシャッターを切ると、空しい音がした。
「どうもーっ」
 彼女は最高の笑顔を見せながら、青年に近づいて来た。そして手を差し出した。
「はいっ」
 と言って真壱はカメラを手渡した。
 その時だった。二人の手が不用意にぶつかってカメラが落ちそうになり、それを支えるために両手と両手が合わさるように触れあったのだ。「あっ」という声が重なった。
「すみませーん」と彼女。
 ほっとして、二人は微笑み合った。そして視線がまた交わった。なにか熱い空気が流れたと思ったら、ほんのりと彼女の頬が赤らんだように見えた。真壱の視線は、その彼女の顔と瞳をとらえて、釘付けのように微動だもしなかった。そのとき何かが強く吸い込まれるようにして迷いもなく心の中心へと進んで行った。
 彼女の頬は、まるで本当に赤らんだように見える。そして、今まさにその場所に届こうとした瞬間だった。
「あ、ありがとうございました」
 その声は小さくて引き攣っていた。はにかんだその表情は笑顔ではない。そう言いながら彼女は視線を断ち切って、ぺコリと小さく頭を下げた。そして、まるで何かから逃げるかのように真壱にくるりと背を向けた。
 友達を促して、そそくさと木道の歩みに戻ったとき、振り向いてまた一度ぺコリとお辞儀をしたが視線が合うことはもうありはしない。ただの他人の挨拶だ。
 真壱には何が起こったのか分からなかった。そこには、ただ、遠ざかって行く二人の若いハイカーの後ろ姿と、何もなかったかのように、静まり返る空気が残っているだけだった。 真壱はポツンと置き去りになった。心の中を風のようなものが通り抜けて空洞が「ヒュー」と音を鳴らした。     
「カッコーッ」と野鳥の声が妙に響いた。
 見上げると、春ののどかな青い空が、森の上には変わらずに広がっていた。
「よくあることさ」         
 しばらくすると、また、同じところからさっきの熱いものがまた込み上げて来た。そして癒された。
「ま、いいっかっ」
 見上げる空には、あの子の顔が、まるで白い雲のようにポッカリと浮かんでいた。

 古びれた木造のベンチに仰向けになると、空が天井になった。すこし薄めの青色の空に、白い大きな丸い綿雲が、一つ浮かんでいた。そしてそれはよく見ると、ゆっくりと、ほんとうにゆっくりと、右から左へと動いていた。
 真壱は暫くの間、それとはなく、その雲の動くさまをただなんとなく眺めていた。そこにあるのは、ゆったりとした、本当にゆったりとした時間そのものだった。
 萌え黄色の木立ちに囲まれたその単純な風景に浸っていると、自分がまるで自然の一部になっていくようだった。ときどき風が木々の枝先をゆすって音をたてた。鶯の囀る声が遠くに聞こえた。一度つがいの小鳥がチチチと横切った。
 さっきの雲がいつの間にか左の端の方になったころ、真壱は一瞬われにかえった。そして思った。
「これは別世界だ」と。
 
 身を起こしてみると、風景はいとも簡単に元に戻った。遠くの遊歩道を点々とハイカーが歩いているのが見えた。もう一度仰向けになってみた。すると、またいとも簡単に別世界が現れた。「いや、これもたしかに現実なんだ」と彼は思った。
 また、つがいがチチチと鳴きながら横切った。別の雲が右の方に現れていた。目を閉じてみた。すると、音の世界が広がった。風に乗って無数の生命の気配が飛び交う音だ。蜂の羽音も聞こえた。少し経って自分の呼吸の音に気づいた。心臓の音が聞こえる気がした。そして沈黙が広がった。孤独だった。心地いい孤独だ。
 真壱は、ときどき自然の中で、こんなふうにして、ひと時の孤独を味わうのが好きだった。「生きる意味」「生きる歓び」という言葉が彼の頭に浮かんでは直ぐ消えた。その意味を知るためのそれは一つの時間に違いなかった。小さな自然に接しているうちにその意味を何時の間にか考えるようになっていた。それは自分自身の「存在」の意味でもあった。
 その孤独には甘い味が付いていた。真壱には帰る家がある。そこには優しい母が居て、真面目で厳しい父と無邪気で無垢な妹が一人居る。平凡だが幸福な家だ。また、彼には帰る学び舎があり一つの学生番号が付けられていた。平凡だが堅実な大学でありその一学生に他ならなかった。彼の身は確かに安全地帯に置かれているようであり、そんな自由を愉しんでいるに違いなかった。その中で「宇宙の法則」や「生きる意味」がそのうち分かる気がして、とりあえずその答の手がかりは、己の存在、己の才能に他ならなかった。
 彼は「真壱」という自分の名前を気に入っていた。真実は一つと信じて疑いはなく、それを求めるのが好きだった。しかし、そうするほどに理想と現実の隔たりに気付くのは自明でそれは自然の成り行きだった。彼はじつはこの春に図らずも留年していた。それは彼にとって人生初めての躓きだった。道の先の信号にまるで黄色が灯ったようだ。しかし、その事でその想いはより研ぎ澄まされることになった。

「いいのが撮れた。バッチリ」
 瞼の裏に今日撮った花の写真を順を追って投写してみた。「これはまあまあ」「これは傑作」とか呟きながら。しかし、やはり最後に写し出された映像は、彼女の顔だった。目を閉じたまま無意識に微笑んでいた。
「やっぱりこれがいちばん奇麗さ」
 突然、「帰ろっと」と言うと同時に目を明けて立ち上がった。背中を伸ばして思い切り両手を突き上げると、その上には、さきほどの空が大きく大きく広がっていた。

 真壱が長野行きのバスに乗ったのは、午後四時ちょうど位だった。日没にはまだだいぶ間があった。今日のような日帰りの撮影行の場合、いつもなら暗くなるまで現場に居る彼だった。それこそ、ファインダーにいくら目をこらしてもピント合わせが出来ないほどになるまでだ。「見えない。もうだめ。終り」という具合である。
 今日は違った。早く着いて、そのうえ撮影がはかどったせいもあるが、それだけではなかった。「会いたい」という情熱か。たしかにそうかもしれない。しかし彼の場合、それ自体そう単純なものではなかった。明るいうちに電車に乗りたかった。遠ざかる信州の風景をながめながら、ゆったりと列車に揺られたかった。揺られながら情熱を噛み締めたかった。それは、心のなかの或る一つの決意がたんなる衝動ではないことを確かめるために必要な時間に他ならなかった。
 衝動は軽率と同意語だと思う彼だった。
 噛み締めているうちに消えるような情熱ではだめなんだと、そう思う彼だった。

 愛知中央工業大学ー名古屋市の郊外、地下鉄の終点藤が岡から直通バスで二十分ほどのところ。住宅地から離れた丘陵の広大な敷地にその白亜の大学は佇んでいた。無数の雑木林を抱えたこんもりとした山々に囲まれて、すっかり自然に溶け込んでいるようでもある。 創立七年とまだ新しく、偏差値もまだ安定しないような、ほとんど無名に近い私立大学である。三流かというと、その言葉は相応しくもなく、堅実な学風が評判を呼んでいて、まあ二流といったところだろうか。偏差値もたしかに上がりつつある。しかし、そういうこととはあたかも全く関係がないかのように、なんとも長閑なたたずまいであることか。  とくに今日は、風もなく、周りの緑の匂いがキャンパスじゅうに立ちこめていて、静けさたるや正にこの世の別天地たる雰囲気だ。ここが真壱の学び舎だった。
「ピー、ヒョロロロロロロ」
 その上の青空で、一羽の鳶が、まるで守り神であるかのように大きくゆっくりと旋回を繰り返している。
「キロンコローン、カロンコローン、コロンカローン、キロンコローン」
 突然だがまったく自然な感じで、ゆったりとしたチャイムが辺りに鳴り響いた。もちろん小鳥一羽驚かない。暫くすると、出てくる出てくる学生たち。確かにここは学園だった。 『経営工学科』に真壱は在籍していた。製造業における生産管理や人事管理など、つまり工業経営に関する学問を専門に学ぶ学科である。この科のある大学は全国でも数少ない。なぜか人気のない学科であり、倍率もそれぞれの学内で一番低い。工業高校の三年の時に急に進学を思いつき、推薦入学で滑りこんだ彼だった。社会に出る前にもう少し時間が欲しかった。自分を見つめる時間、いや、見いだす時間が欲しかったのだ。そういう意味では充分だった。充分すぎる学び舎だった。
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