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⑩鬼の首をとる

「外に出たとこに自販機あるから、ビール買ってきてくれ。何でもいいから」
「え?今ですか?・・あの・・」
私が躊躇していると男はそれに構わず財布から小銭を出して差し出してきた。
「・・」
私の目の前に差し出された小銭の乗った男のその掌が暫く宙に浮いた。
「はいっ!」
そう言って突然その掌から小銭を受け取ったのは並んで横に居た相棒だった。
彼は戸惑って言葉を失くしている私を押し退けて、そのまま外へと走った。
「・・・・」
「・・・・」
静かだがそこに残った二人の間に気まずい空気が漂った。
すると男はポケットから煙草の箱を取り出してそこから一本抜き取った。
そして、それを二本の指に挟んで、そのままの形で私の顔を伺った。
「・・・・」
私は、それが何の形で何の要求か分かったが、何もすることは出来なかった。
「・・・・」
男は、あからさまな舌打ちをして、私から顔を背けて不快な顔をつくった。
「すみません。マッチとか持っていなくて。煙草吸わないんです」
 もし私にその習慣があってそれを持っていたら、とりあえずは対応しただろう。
その位の空気を読む能力は私にも備わっていたので、少し残念であった。
男は仕方ないように口にそれを咥え、ポケットから探り出したライターを点火して
手馴れた仕草で煙草を吸った。そして溜息のような煙と一緒に言葉を吐き出した。
「もういいよ。君には何も頼まないから。心配しなさんな」
 それは、私が意図的に要求を拒んだと思ったとしか思えない言葉であった。
たしかにそのとき私は全体的な彼の態度に違和感を抱いていて、言葉が出るのに
一瞬の間が空いたのだった。つまり、相手もその違和感を感じ取ったのであろう。
「どういうことでしょうか・・」
「だから、もういいから・・」
 言葉とともに煙草の煙がまた溜息のように吐き出され、私はそれに目が行った。
 ずいぶんと短気な人なんだな・・その時の私はただそう思うのであった。
「・・・・」
「・・・・」
「ガチャッと音がしてドアが勢いよく開き相棒がビールを持って帰って来た。
彼が御釣りと缶ビールを渡すと、男は一転してそれは優しい笑顔を見せた。
「サンキューッ!」
そう言って、いきなりビールの缶を開け、グビグビと二口三口飲み込んだ。
「・・・」
その光景を見て言葉を失くしたのは、私だけでなく、相棒も同様だった。
缶ビールを左手に持ち替えて、右手の人差し指を突き出して相棒に向けた。
「君は有望だっ。気に入った。そう来なくっちゃ」
男の満面の笑顔に対して相棒の顔は確かに愛想笑いのそれだった。

 大学を卒業して最初の年、就職浪人となった私と相棒は、将来の夢の方向性を探
るために、色々と模索して、その日は「オリオンプレス」という大手のフォトライブ
ラリーの事務所を訪ね、会社訪問のようなことをしているのだった。そして「男」は
事務所の責任者で、地元である名古屋支店の支店長であった。
 今はもう本社さえ合併吸収されて無くなっているその会社も、当時はその全盛期で
猫の手も借りる忙しさということで、若手カメラマンが入り込む余地が充分あった。
電話で私がアポイントを取った時も好感触で、新戦力が必要ということだった。

 フォトライブラリーには何十万点というありとあらゆる写真がストックされていて、
それを広告や出版物等に貸し出して相当な売上があり、その写真の多くは社カメと呼
ばれる給料制の契約カメラマンによるものであるが、その他にも商品価値のある写真
を不特定多数からプロアマ問わず常時募集し入手しているのであった。

私は、その時、自分の代表作品のポジフィルムを100点ほどシートに入れて持って
来ていて、とにかく先ずはそれを見てもらうことにした。

「ところで、どれだけ作品があるんだね?ストックに入れるとしたら最低1000点
単位じゃないと全然ヒットしないよ。これは確率の問題だからね」
「今はそんなに有りません。これが全と言っても過言じゃないです。小数清栄という
わけにはいかないんでしょうか?」
「・・・・」
 暫く黙って私の写真を何となく眺めていた所長の口から意外な言葉が返ってきた。
「・・・・」
「うちで働いてもらう事になったら年収は当面一律に500万。その代わりに指示に
従って何でも撮ってもらうし、交通費とか撮影費込みだ。二三年はこきつかうから、
耐えられなかったり、センスが無くて使い物ににらなかったら、それまでだ」
「面白いですね。だけど、お見せしたように、僕の得意分野は花とかの自然写真なん
です。今はそれしか撮っていなくて、お見せするものもそれしか無いんですが・・」
「色々と撮れるように指導する。撮影機材はこっちが用意する。海外ロケなんかの特
別な出張費は別個で出す。センスがあればそれでいいんだよ。やる気があればな」

 その時、私は、直感的に「これは凄くいい話で絶好のチャンスに違いない」と思っ
たが、じつは、もう一つの直感がその裏側の一方で働いていた。そして、そちらの
方が私の中の自然に基く感覚により近いものだった。「何か違う」と。
 写真をじっくりと見ることもなく、また、話を聞くこともなく、いきなりそのよう
な事を言う所長の言葉が、その時あまり響かずに、私は何故か鈍感になっていた。

 私がこの事務所を訪れた一番の理由と目的は、自分が今作ろうとしている写真、つ
まり、自然写真のオリジナリティの真価、とりわけ、それがビジネスとしてどう通用する
かを知ることだった。
「どうですか?この写真はお役に立てますでしょうか?僕の今の自信作なんです」
 役に立つかどうか知りたいのは、自分ではなく、写真そのものの方なのだった。
「お役に立つ?・・」
「今は35ミリですが、今後ブローニーサイズにしようと思ってます。その方が商品
価値が高いでしょうし、たとえば、企業カレンダーとかのプレゼンなんかに・・」
「・・・・」
所長は、私の写真をルーペを使ったりして見ていたが、一瞬その作業を止めた。
「カレンダーだと?・・」
「はい。どうなんでしょうか・・」
「・・・・」
「前田真三さんが僕のビジネスモデルなんです。今は花しか撮ってませんが、風景も
追々撮って行くつもりです。絵としての写真を完成したいと思っているんです」
「絵としての何だって?」
「絵としての写真・・つまり・・その完成度というものを・・」
 私は自分のポリシーを理解してもらうチャンスだと思って言葉を続けようとした。
しかしそれは望むべくもなく、冷たい吐息が混じった呟きに遮られることになった。
「写真集も出していないのにカレンダーとか・・」
「やっぱり写真集が必要ですか。だったらそれが先決事項ですね」
「・・・・」
「写真集を出すことは出来るでしょうか。この路線の作風をもっと完成させる必要が
ありますが、将来性として一番それが知りたい事でもあります」
「・・・・」
無言で無表情の彼は、感心して聞いているのかと思ったら、それは間違いだった。
「バカヤローッ!何を鬼の首をとるような事を言っとるんだッ!お前は何様なんだっ」
 私が最初から気になっていた赤い派手なアロハシャツが相まって、それこそ鬼の
ような形相で怒鳴る彼に私は驚きを隠せなかった。小柄のスキンヘッドが怖かった。
興奮しても言葉使いは何故か名古屋弁ではなく標準語だった。
「いや、何様でもありません・・」
「鬼の首ですか。やっぱりそれは・・」
 横で黙っていた相棒が、場を繕うように落ち着いた口調でそう呟いた。
「あたりまえだっ!そんなもんが簡単に出来たら誰も苦労せんわっ!」
「簡単なんて思ってません。僕は将来性を知りたいんです。僕の写真の才能の・・」
「僕の才能?・・。なにかと笑わせてくれるよな君は・・」
「すみません。笑っていただいてかまいません。これじゃ駄目なんですね・・」
「・・・・」 
 そして指し出された掌の小銭であった。
その時の言葉に何故か悪意がそれほど感じられなかったが、あまりにも唐突である。 
もしかしたら、それはこの所長に気に入られる唯一のチャンスだったのかもしれない。

「とにかく、君らがどうしてもウチで働きたかったら、遊びに来いよ。考えてやるか
ら。センスのある奴を探すのも大変なんだ。やる気が有る、気が利く奴がな・・」
それがこの日の所長の最後の言葉で、確かに二人の人生の岐路がそこにはあった。
 しかし、それは二人ではなくて、相棒にかぎってのものだった。

 その日の夜に、相棒の所に所長から電話があって、「ウチで働く気があるか」と誘
われたということだ。「ありがとうございます」と言って一週間以内に答えを出すこ
とになっていた。そして、私について訊くと、「君だけで、彼はいい」らしい。
 相棒も、私と同じようにその時自信作を持ってきていて、同様に見てもらっており、
その腕前は所長に買われたということだったのだろう。私のセレクトであるのだが。
 もしかしたら理解されたかもしれないと思った私は、やはり間違っていた。それど
ころか、それはもう見事に所長には嫌われたようだ。面接で落ちたということである。
 私としても、第一印象からして基本的な部分でそぐわないものがあって、自然といえ
ば自然の成り行きだったのであろう。仕方ない、と思うことができた。
 しかし、その反面で、この時もし彼に気に入られていたら、私の人生が変わっていた
だろうことには違いなく、良かったのか悪かったのかは、明確ではない。
 そして、相棒にとっても、その日は、運命の分かれ目、やはり人生の岐路だった。

「お前はあの所長に気に入られたんだよ。よかったな。年収500万だぞ」
「まあそうみたいだけど。あの所長、俺は気に入らないんだよなあ・・」
「そうか?ビールのとき気が合ってたんじゃないのか?」
「まあな、俺はああいうのは上手く付き合って出来る性分なんだよ。だけどなあ・・」
「だけど、何だよ・・」
「あいつ、お前のこと酷く貶してたしさあ・・」
「貶してた?・・想像はつくけど、何て言ってた?」
「生意気だとか・・理屈っぽいとか・・覇気が無いとか・・」
「覇気が無い?それだけは心外だな。ちょっと・・」
「だろ。それは違ってるよな。生意気というのも、ちょっとアレだよなー」
「俺に構わずに、お前はこのチャンスを掴むべきだと思うぞ俺は。最高じゃないか」
「だけどなあ・・」
「おい、まさかお前、これを断るつもりじゃあないだろうな・・」
「俺は断るつもりなんだよ。・・・てか・・じつは・・もう断った」
「えっ?なんだって?なんてことをっ・・」
「そもそも、あそこへ行ったのはお前の考えで、俺はただ着いて行っただけなんだ。
お前が居なかったら、あんな事にはなってないだろうし」
「そんなことよりも・・ああ・・なんてこった・・バカッ・・」
「お前と一緒に採用だったらなあ、俺は喜んでこの話を受けてるよ。それを頼んでみ
たんだけど、ダメだったんだよなあ・・」
「そうか、もしそうだったら、俺も受けてたかもしれんが、俺だけだったら、俺も断
ったと思うわ・・いや・・うん・・ほんとうだ」
「だろ。そうなんだよ。あの野郎、基本的に俺は嫌いだし。こき使われるのも嫌だ。
これからお前に着いて行けばもっと面白い事があると思うし、ここでそれを止める
のは嫌なんだ。・・俺も鬼の首をとるつもりなんだよ」
「ほほう。面白いや。鬼の首を獲るんだな。俺たちのやるべきことはそれなんだよっ」
「鬼が島に鬼退治に行くんだっ!・・お前が桃太郎で、俺は犬ってところだな」
「へええー、ずいぶん謙ったもんだなそれは」
「お前にとことん着いて行くから覚悟しろ。そんでもって一緒に日本一になるんだよ」
「待て待て、日本一は一人だろう」
「そうか。じゃあ、お前が一番で、俺は二番だ。それでいい。うん・・それがいいっ!」
「アッハハッ。お前はなんて奴なんだっ・・。恐れ入ったよっ・・まったくもって」
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写真集「四季の肖像」の作者です。
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