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⑪ハイビジョンの誘い・・・稜線の道標

「ハイビジョン動画に興味はないですか?」
 私が二度目の写真展「小さな四季の肖像・Ⅱ」を開催しているとき、ふらりと訪れた四十位の軽装の男性が、名刺を差し出して突然声をかけてきた。
 私は慌てて名刺をポケットから出して名刺交換をした。
 それにはNHKのロゴが入っていて制作プロデューサーということだった。
「ハイビジョンですか・・興味なくもないですが」
「そうですか。じつは、私共は今ハイビジョン動画を綺麗に取れる映像作家を探してるんです。とくに写真家の先生に興味を持って頂ければと・・」
 そういえば、此処は渋谷でNHKの本社が直ぐ近くにあった。
 口絵こそ間に合わなかったが、各写真雑誌にはこの個展の情報は掲載されていて、もしかしたら案内状もその手に渡っていたのかもしれない。

 とにかく、その人はいい加減な事を言っている様子ではなく、入口にある写真展のコンセプトを記すパネルの文章をじっくりと読んだりしていて、いたって真剣な表情であった。
 「小さな四季の肖像」というタイトルだが、この頃には風景のジャンルにも手をかけていて、その時の自信作を少し混ぜて展示していた。その人は、その風景写真の前に立ち止まっているのであった。
「風景の動画に興味がおありなんですね」
「ええ、まあ、それだけではないですが・・」
「僕の専門はご覧のとおり、今は花や小さな自然で風景はこれからなんです」
「たしかにそのようですね。しかし動画もこれからということで・・」

 ハイビジョンという言葉は、その頃世間に広まりかけていて、専用のモニターも市販されていていたが、未だ未だ高価で普及には程遠い状態だった。
 家のテレビもハイビジョン放送が受信できるが、簡易再生というものだった。私も、そのうちこのシステムがテレビの主流になると確信していたが、何年も先の話と思っていたし、撮る側のカメラに関しては興味がまるで無かった。
 なぜならば、その撮影風景をテレビのドキュメンタリー番組で私は見ていてその大袈裟な撮影設備とスタッフの多さに驚いていたからに違いなかった。
 大きなカメラの他にモニターや電源や記録装置や何かが回りを取り囲んでいて、数人の係員がそれぞれに付き、カメラマン一人では何も出来ないように見えて、とにかく面倒くさそうなのである。

 動画制作でカメラマンはまるで映画監督のような佇まいなのだが、私が最初映画監督に憧れていたのが事実であるにもかかわらず、その時は何故かそこに特別興味を引かれることはなかった。それは全ての作業を一人でこなせる「写真」の世界に没頭している真っ最中であったからに違いなかった。そしてその世界で認められる為に、その時其処で写真展を開催しているのだった。

「はい。そうですね。そのうち動画も手掛けたいと思いますよ。でも、今は、このとおり、写真で認められる為に頑張っている最中なんで、ちょっと余裕がないかもしれません。残念ですが今はお役に立てそうじゃないですね・・」
「そうですか・・。それは残念ですね」
「すいません」
「でも、興味が向いたら何時でも訊ねて来て下さい。色々お見せしますから」
「はい。有り難うございます。その時は宜しくお願い致します」

 じつは、その時私は、前田真三が既にハイビジョン動画の撮影を手掛け始めていたのを知っていて、それがソニーのプロダクトだということで、NHKがそれに対抗するために「写真家」を探していることは充分理解できていた。
 前田真三をビジネスモデルとして追い掛けていた私にとって、その話はじつに的を射たものに違いなかった。
 私は、その後直ぐに前田真三のハイビジョン作品が見たくなって、書店等を探し回ったが、見当たらなかった。その代わりに、その一連の動画を印刷に起こした写真集が丁度出版されて、それを手にする事ができた。
 それは朝日文庫の小さなカラー風景写真集だった。前田真三が得意とする北海道の美瑛の丘の風景を四季にわたって撮り下ろした映像集である。
 写真なので、その動きは分からないが、その絵柄は前田真三の写真作品そのものである。どれもが絵として決まっていて、流石に前田真三ならではの映像ばかりで、全てパンやズームが無いフィックスということで、構図が決まりに決まっていているではないか。これが写真家の撮るHD動画だと感心した。風に揺れる麦の穂や群生の花、流れる雲の動きが充分に絵から感じ取れる。
その時に私が思いついた言葉が「動く写真」・・であった。

 しかし、前田真三がそのまま「動画」の世界に移行して没頭して行ったかというと、必ずしもそうではなかったようだ。ハイビジョン撮影のエピソードで、彼は撮影スタッフが動かないこと等に激怒したりして、それが決して楽しいものではなかった様子が伺えるからだ。
 一眼カメラ一つで撮影・録音・記録の全てが出来てしまう今とは程遠い状況だったし、まだまだ企業カレンダーの方がビジネスとして盛況だった事もある。

 その様な事もあって、私は結局あの時NHKを訪れることは遂に無かった。しかし、それは私にとって、千載一遇のビジネスチャンスに違いなかった。
 もし、誘われるとおりにそこを訪れていたら、その時、私の人生は大きく変わっていたかもしれない。そして「動画の世界」に没頭して行ったに違いない。
 
 私にとって「写真」は、自然の美しさを表現する芸術の一手法であって、それは、絵画や版画などに代わる現代社会における最新手法に違いなく、そういう意味で、未だ未だこれからそのステイタスを確立しなければならないのだと、真剣に考えていたのである。
 また、その一方で、ハイビジョン動画が、もしかしたらその一手法として、最も近代的なものになるのかもしれないと、考えたのも確かであった。
 しかし 「写真」の可能性を飛び越して「動画」の世界に飛び込むことが、その時の私にはどうしても出来なかった。もしかしたら勇気が無かったのかもしれない。

 だが、その時、「ちがう山」の頂が直ぐ近く雲間に見えたのも確かであった。
 あの時のNHKは、確かに其処へと繋がる稜線の分岐点だったに違いない。
 もしかしたら、目指すべき山頂はあの山だったのかもしれない。
そして、それは間違いなく夢の近道だった。だがその時の私の夢は「写真家」であり、その足掛かりを確かに掴んで、その頂へと登り始めたところであった。
 「もっといい写真を」「もっとすごい写真を」「もっと」「もっと」というように・・。
「本物の写真」を撮る「本物の写真家」になりたいと、私は本気で思っていたのだ。
そして、「動画」は、その次のことであるに違いなかった。

 その山の稜線での分岐点には確かに違う山への道標があった。そして、私は一時そちらの方角を向いて、暫くのあいだ佇むのであった。
 なぜならば、ちょうどその時、私が向かおうとしていた山頂の先行きにただならぬ暗雲が立ち込めたからだった。
 それは、その時同じようにふらりと訪れた或る老紳士の話によるものだった。

「いい写真ですね」
「ありがとうございます」
「苦労してるでしょ」
「え?まあ、それは。まだまだこれからですけど・・」
「雑誌の口絵には載せなかったの?」
「ええ。それはちょっと間に合いませんでした」
「ああいうところはよっぽどの事がないと載らないからな」
「よっぽどいい写真じゃないと、ということですか?」
「いやいや、そうじゃないよ・・」

 その老紳士は銀髪で明るいブレザーを着ていて、歳の頃は60程に見える。
自己紹介も何もないまま、唐突ながら気さくに声をかけてきた。

「どういうことでしょうか?」
 大凡の意味は分かっていた私だったが、敢えてそう訊いた。
「いくらいい写真でも、それだけじゃこの世界は何にもならないからね」
「だから、どういうことでしょう?」
「口絵に載せてもらえなかったんでしょ?」
「はい。だから間に合わなかったんですよ」
「口絵に載らなかったのは運の尽きだね。個展に合わせて口絵は載せてもらうものなんだから。誰かの紹介とか無かったのかね?」
「今回は本当に急に開催することになって、準備も余裕が無かったんですよ。本当ならペンタックスでやる筈だったところなんですよ。それを急いで・・」
 彼の手には私の写真集である「小さな四季の肖像」があった。販売ブースが設けられていて、それを手にしているのであった。
「その写真集が急に出ることになって、それで・・」
「ほう、秋山庄太郎の序文があるんだ・・。何か御縁があるのかな?」
「いえ、特にそういうことでもないですが。先生が写真を見て、ただそれで・・」
「幾らくらいお支払したのかな?」
「いえ、だから、そういうこともないんですよ」
「縁故も何もなくて・・そんなことが・・」
 そのような疑問に答える機会が今まで何度もあって、私は「またか」という感じで丁寧にその経緯を彼に一通り説明するのであった。
私が秋山庄太郎とは「花の会」は元より一切何の縁故もないという事が、幾ら説明したところで、どうしても簡単には誰も信じてくれないのは何時もの事だった。
 何時も誰もが驚いて感心しながら「そんな事がある筈ない」という顔をするのだ。私は、そういう時いつも「自分の周りで新しい事が起きている」と嬉しくなるのだ。
そして、それは「本物の写真」が成せる事だと信じ、山野に夢が広がるのであった。

序文の文章を何度も読み返すようにしていた彼は独り言のように呟いた。
「これは、秋山庄太郎の宣伝文句だな」
「えっ?」
「秋山庄太郎が自分の宣伝ために書いたように、私には見えるんだ」
「ちょっとよく分からないんですが・・」
「これは相当に計算しつくされた文章だな」
「計算・・ですか」
「計算というか・・打算だよ」
「どんな打算でしょうか・・」
「君の写真を評価してるようだが、逆に乗っかろうとしてるのが見えちゃうね」
「評価してくれているんだから、充分だと思いますが・・」
「君は甘いよ。若いから仕方ないけど・・。評価にもなってないんだよななこれじゃ」
「あの、本当に分からないんですが・・」
 そう言ったが、じつは私にも思い当たる点があってドキリとしていた。
 そして「甘くて何がわるい」という思いも胸にこみ上げていた。
「私も若い時は夢も有って色々と期待したけど、何も無いからな。この世界は」
「何も無いって・・」
「無いものは無いんだよ。本当に何も無い。あんまり頑張りすぎると損するよ」
 
 私は、彼の言っていることが実は痛いほど理解できていた。学生時代に私は当時流行していた数々の「日本論」の文献を貪り読んでいて、その中でも特に記憶に残っているのが「日本人に生まれて損か得か」という本であった。
 そこには或る結論が記されていて、「日本ははっきりとした事を求めず適当に生きて行く者にとっては得だが、そうでない者にとっては損な社会」だという。
 そこには色々な体験談や事例によって、その結論の信憑性が説明されている。私は、他の文献との整合性からも、その新書が集約的名著と信じていて、それを強く肝に命じて、この社会に臨んでいるつもりであった。そして、私に
とって、この日本の社会は「損な社会」であることを知っていた。

「だったら作るしかないですね」
「・・・」

 この東京で私はどんな大人に出会って、何人の本物 と巡り会えるか・・。
それが上京した時の私の楽しみであり、同時に不安でもあった。
 その人は経験も豊かで見るからに立派な大人であることには違いなかった。
そして、この世界の良からぬ点を体験で知っていて、斜め端に身を置いている。
 とかく本物というものは、偽物によって世の片隅に追いやられて肩身の狭い状況に置かれていることが多いものだと、予想している私であった。
 しかし、「この人は本物か」私にはその点疑わしく見えるのが事実であった。
私にとっ本物とは、我が道を行く孤高の存在で、それがたとえ不器用で姿が
みすぼらしくても、朱に染まらない心を持って、真実を捨てない人のことだった。
そして、本当に会いたいのは、みすぼらしい本物ではないことも確かであった。

 出会う度毎に本物を求める眼で見られたら、大人も堪ったものではないだろう。
実際のところ本物にも色々ある。ましてや本物中の本物など望むべくもないが、
彼が世を儚んで悟り切ったことを話すので、少しばかり期待してしまうわけだ。
 しかし、この老紳士は、そのどれでもないように私には見えたのだった。
そして、少し挑戦的になってしまった。

「無いんだったら作ればいいじゃないですか」
「君が作ると言うのかね?」
「僕にはそんなこと出来ませんよ。まさか僕一人でそんなこと・・」
「だから、私なんかも若い時分はそんな意気込みも有った訳だよ。苦労する
だけだから、そんなこと言わない方が身のためだよと、君の為に忠告するんだ」
「僕も苦労なんかしたくないですよ。ただ自然というものが何か分かればいいん
です。どの社会でも何が自然かが大切で、僕は自然で在りたいだけです」
「だから自然写真ということか・・」
「そうかもしれません」
「・・・・」
 彼は眩しい表情で私を見つめて暫く黙り込んでいた。
「貴方はどんな人なんですか?もしかして何か有名な方とかでしょうか?」
「はは、何者でもない只の通りすがりのスタジオカメラマンだよ。残念ながら」
「そうですか。ちょっとガッカリですねそれは」
「これ買って行くから、この辺にサインしてよね」
「ありがとうございます」
「まあ、頑張ってくれたまえ。いい写真だから、良いこと何かあるよきっと・・」

 名刺もくれず名前も告げずに、その無名の老紳士は有り難そうに写真集を
小脇に抱えて、苦笑いのような笑顔を残し、そう言って会場を出て行った。
 私はその時、その人ともっと話してもよかったが、その気はなかった。 

 私が東京へ来て話をしたかったのは、やはり「木原和人」なのだった。そして
一緒に頑張りたかった。 此処が何も無い世界であるなのら、尚更に・・。   
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Author:sagapo5614
写真集「四季の肖像」の作者です。
プロフィルや作品はこちらのHPをご参照ください。http://mfnpf.jp/
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