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⑱見知らぬ山腹

「このようなレベルの写真を本当に私共に提供して頂けるのでしょうか?」
「そのつもりで今日は持って来ました。自分なりに充分セレクトして来ましたから大丈夫です」
「お話をしまたように今はそれだけしかお出しできないのですが・・」
「分かっていますよ。ちょっと悩みましたが・・」
「・・・・」
「写真の買取ということなので、最初はちょっと期待しちゃいましたけどね」
 私がそう言って微笑んだので、その人の表情が安心したように自然に綻んだ。
「1点幾らで100点なら幾らになるか・・。1万なら百万、2万なら2百万、3万なら、って・・ははは」
「すいません。このジャンルは未だマーケットが小さくて、予算上逆算すると限界がそれになるんです。大台に乗せたいところなんですが、今は・・。申し訳ありません」
 そう言って彼はテーブルに額が付くほどにゆっくりと頭を下げた。
 その仕草と表情に悲壮感はなく、微かに微笑んでさえいる。
 私はそれに微笑みで返し、商談成立の予感が空気を満たした。
「分かっていますよ。お役に立ててナンボですから・・良い物を作って下さいよ是非」
「有難うございます。この市場が大きくなればもっとお出しできますし、私共も大きくなれます。とはいえ一般向けじゃないので売上の限界は有って、大きな利益は望めません。なので、いわゆる印税契約じゃない方が良いのではではないかと思います」

 写真展「四季象彩」開催の少し前、登頂の旅に疲れた私が肩の荷を下ろしてトボトボと山の稜線を歩いていると、知らぬ間に辺りは見慣れぬ風景になっていて、初めて見るような花が咲く静かな花園の一角に足を踏み入れていた。
 それは今までに想定したことのないこの山の見知らぬ山腹であった。日本経済の負の激動とデジタル化という大津波による重大な地殻変動によって出来たそれは新山だったのかもしれない。
 私は暫くの間その山懐に抱かれて時を過すことになり、あたかも別天地のようなその花園にひと時心を休めるのだった。振り返れば頂上さえもが崩れて原形を留めていないほどの天変地異が確かに有って、図らずも私はその難を逃れる形になった。
 そこは「大日本スクリーン製造」という企業の会議室の一室で、一流会社の落ち着いた佇まいに私はゆったりと包まれていた。京都に本社が有る写真製版と半導体関連のトップメーカーらしいが、何だかよく分からないままだ。「MIXA」というレーベルの写真素材集CDロムの制作販売部門がそこに有り、本社とは別の新事業を東京で展開していてるのだった。写真が好きな課長が企業内で立ち上げた部門だという。軌道に乗れば独立して子会社化する予定らしい。
 
「御社の素材CDロムを店頭で見まして、どういう物かお尋ねしたいんですが。著作権フリーとあるので、写真を提供す機会がるとして、その場合どういう形になるんでしょうか・・」
「CDを買ったユーザーは著作権使用料を払うこと無くその中に収録されている写真を自由に何度も使うことが出来るというものです。作品を提供して頂く場合はその著作権を買い取らせて頂くことになります」
「写真を買い取るということですか?」
「簡単に言えばそういうことです」

 少し前から家電量販店のパソコン周辺用品コーナー等で時々目に止まり気になっていた一連のその商品について、素朴な疑問を投げた私は、予感が的中して久しぶりにその時少し心が躍った。
 それは「もしかしたら新しいビジネスチャンスがそこに有るのかもしれない」という期待感に他ならなかった。数あるレーベルの中で一番質が良くメジャー感のあるものが「MIXA」で、先ずはと思い受話器を取った訳である。
 
「どんな物をお持ちなんですか?」
「僕は日本の花と風景が専門の自然写真家です。御社のシリーズに同様の素材集が見受けられますが、お役に立つ余地は有りますでしょうか?」
「私共はこのレーベルを立ち上げたばかりで、これからもっと良い物をどんどん出して行きたいと思っているところなんですよ。一度写真を見せて頂けませんか?」
「そうですか。なんだかタイミングが良いようですね。・・だけど、写真の買取という話は始めての事で、条件など一体どんな取引になるかさっぱり分かりません」
「それでは先ずは一度わが社にお越し下さい。色々とお話をしますので」
「分かりました。ではそうします」 

 そうして私は一度とりあえずプロフィル用に二冊の写真集でけを持って会社を訪れ、話だけを聞きに行くことにした。
 その人は無類の話好きのようで、これまでの私の写真家としての経歴に興味を持たれ、話題が多方面にも渡り大いに話が弾んだ。そして、意気投合と言ってもいいほどの今までに無い和やかな空気感に包まれた。
 その人は、写真界とは全く無縁の、電子機械メーカーの技術畑の業界人で、雰囲気そのものが全く違い、その純朴で生真面目な気質に私は新鮮な共感を持った。私は写真家という芸術畑てはあるが、その本質は職人気質で、学歴も高校・大学ともに機械科の工業系であった。文科系とは違う独特の堅い拘りの気質が私には確かに有った。
 
「いわゆるライブラリーとは違って、私はアマチュアや不特定多数のカメラマンの写真は扱いません。基本的に一タイトルに一人の作家で纏めています。作家さんもプロとしての自覚を持って頂けてよろしいのではないかと思いますし、買取ということで仕事の成果も分かり易いかと・・」
「そうですね。面白くて有り難い話だと思います。僕が今預けているライブラリーに最低保障を要求したところ一蹴されてちょっと嫌われちゃったみたいです。プロとして当然の要求だと思ったんですが、非常識という事のようですね」
「ライブラリーに不満を持つカメラマンは多いでしょうね。会社もこれ以上は頭打ちというほど増えて、ストックも各ジャンル全て飽和状態のようですから」
「僕の場合は、ストックとはいえ一応作家という括りになっていますが、その成果がまったく見えない。作家であればプロ中のプロの筈。なのにその契約は『預けました』『預かりました』だけ。『売れたら半分支払います』『売るかどうかは分かりません』・・こんなプロ契約が世の中に有るというのが不思議なんですが、これが現実ですからね。どこがエージェントなのか、全くさっぱり分からない」

「そうでしょう。そんな不満は私もよく耳にしています。私はそんなカメラマンを助けたいという気持なんですよ。だから、この分野が盛況になるように、今、良い写真を私共は求めているんです」
「分かり易いお話ですね・・素晴らしい」
「分かり易でしょ。ライブラリーとは違うんですよ、その辺が・・ははは」
 その笑いにはどこか奥ゆかしさが有って、それはそのまま私にの心に共鳴し、私も笑った。

 パソコンの普及に伴って、写真素材のデジタルデータ化が始まっていたが、その頃は未だ大半のライブラリーがポジフィルム貸し出しというアナログのままだった。アマナ等が一部デジタル化してダウンロード販売を模索していたようだが、発展途上の状態だった。デジタル化の先鞭はフリー素材としてのCDロム製品で、安価で気軽に使える利点を売りにして、デザイン広告出版界に独自のシェアを創出し始めていたのだが、これは米国の事例を数年遅れで辿ったものに他ならなかった。
 MIXAの課長は米国への出張もしていて、レーベルの制作にさぞ自信を持ったことだろう。それにしても会社の中に単独の部署(マイザ課)をよく立ち上げたものだ。余程の説得力の持主なのだと思う。ただし口達者ということでは決してない。、純粋で一途な心意気と相互理解の精神が満ち溢れているようだ。
 そんな彼の先見の明よりも、扱う写真の作者であるプロカメラマンのビジネス面を考慮している点に私は感銘を受け、この人の力になりたいと、そのとき私は素直に思った。
 それにしても、プロカメラマンに対する理解者がこんな所に居たとは驚きである。・・多分、外から見たらこの世界の不可思議が覗けば一目瞭然なのだろう。「長い付付き合いになるかもしれない」とその時私は思ったものだ。
  しかし、このジャンルは既存のライブラリーにとって敵対関係に在るのではないか、そんな心配が私には有った。
  
「仕方ないですね。デジタル化の波は起きたばかりですが、これからどうしても広がって行きますよ。アメリカではフリーのデジタル素材集は既にもう一般化していて多数出回って、広く使われています。ライブラリーが作るレーベルも有るくらいです。ポジの時代は無くなりつつある。ダウンロード販売も始まっていますから。とにかくデジタル化に対応できないライブラリーは消える運命にある。少なくともカタログ販売の時代はそろそろ終わりでしょう」
「でも、フリー素材は『安かろう悪かろう』という感じになっていませんか?」
「今現在の日本では確かにそうい事になっていますが、そのうち良い物が求められると思います。アチラのレベルはもう相当なものになっていますから。良い物はそれなりの値段が付いたりしてますが」
「MIXAの値段はそんなに高くはないようですが・・」
「今は未だ普及をし始めたばかりで、試験的な段階なんです。会社の中で予算も限られてます。とにかく少しでもこれが売れて社内で認められなきゃなりません。今は『安く・良い物を』ということに・・」

 そして、想定外なほど色々と理解をし、共鳴もたし私は、この人に対して協力を惜しまないことにした。

「ところで、写真の買取ですが。・・・幾らくらいを想像してますか?」
「いや、ちょっと、それは簡単には言えません・・。写真にもよると思いますし・・」
「では、上限があるとして、一点どの位の買い取り価格だと思います?」
「上限ですか・・?・・下限も気になるところなんですが・・」

 そして遂に私の苦手な商談の時間とやはりなったのであるが、そこには今迄に無い透明感があり、その新鮮な空気に私は驚いた。

「では、はっきりと言います。掛値も何もありません。上限でも下限でもなく、私共に写真を提供して頂くことになれば、その買取価格は決まっております。それは・・」

そう言って示された数字は、契約上の守秘義務があるので言えないが、私の膨らんだ希望的観測には程遠いものがあり、現実の意味を理解しようと余儀なく咄嗟に考えることになった。
 私の表情に落胆の色を見てとったように、その人は微笑んで「すいません」と言い、それがどの様にして出て来た数字
かという説明を丁寧にして、私に理解を求めるのだった。

「この条件で宜しければ、是非ご提供ねがいます」
「よく理解できました。これで全て。大変分かり易い話だと思います。なんとか協力しますよ。・・でも、この価格で提供するとなると、それを念頭に写真をセレクトしなければなりません。なるべく良い物をと思いますが・・」

「ありがとうございます。セレクトはお任せしますので、風景と花の作品をそれぞれ150点づつお願いします。小さな四季というものも出来たら見せて下さい。なるべく多く採用したいと思っています」
「それは有り難いです。ビジネスとして充分に喜べるお話だと思います」

 それは確かにプロの写真家として新しいビジネスチャンスの到来に違いなかった。フリー素材の原稿としてメーカーが写真を明瞭な単価で買い取ってくれる。単価が小さくても纏まった数ならそれなりの収入になる。提出はブローニーの場合ポジ原稿で構わない。高性能の業務用スキャナーで大きなサイズのデジタルデータが出来、MIXAはそれを持っていた。初のデジタル一眼ニコンD1が発売になる少し前の事だが、それ自体画素数が未だ小さくて、ポジからのドラムスキャンの比ではなく「プロ使用に耐える素材集」が売りのMIXAにとって全て645で撮った私の写真が的中した訳である。
 
「僕はこの話を写真の新しいビジネスチャンスとして捉えて協力しますよ。出来るだけ良い物を選んで持って来ます」
「それでは楽しみにしています」

 しかし、その前に、どうしても訪れて話をしなければならない所が私には有った。その時私はPPS通信社に作品を預けたまま契約中であった。独占契約ではないので、たとえ同一作品であっても他社に提供して問題は無いのだが、相手が競合以上に市場のシェアを脅かす敵対関係にあると推察できて、それを黙っていられる私ではなかったのだ。

「そういうことで、MIXAに写真を提供しようと思っていますが、よろしいでしょうか」
「フリー素材集のCDロムの存在は私共にとって脅威でして、実際それによって一部のユーザーを持って行かれて売上減少の一因になってるんです。正直言って困っています」
「そうなんですか・・。では、写真が預けてある作家としての作品とは違う物だとしても、僕がそちらに協力する事は裏切り行為になっちゃいますね」
「・・・・」
「僕は御社と契約をしてからカタログ掲載分の売上以外それらしい成果が上がっていなくてお役に立ててないままで、正直なところ居心地があまり良くありませんでした。この先お付合いして何か成果が上がる事が無いようならこの際に契約を見直して、場合によっては契約を解除して頂いて心置きなくあちらに写真を提供しようかと思います」
「・・・・」
 話の相手は、いつもの仕入れ担当女史ではなく、上部の取締役の一人であった。終始困ったような神妙な顔つきの彼は、少し黙った後、おもむろに口を開いたが、それは拍子抜けするような軽い口調なのだった。
「まあまあ、そんなに肩を張らなくてもいいじゃない。ケジメを付けるみたいな大袈裟なことを・・。皆さんそれぞれ黙って色々とやってますから・・。私共はいちいち詮索しないし、上手くやっていますよそれなりに」
「でも、僕は黙っていなかった。こうして話して関係をハッキリさせようとしています。そのままフリー素材に提供して他の人達のようにこの先本当に上手くやって行けるでしょうか?」
「大丈夫ですよ。MIXAでも何でも遠慮なくお付合いして下さい。私にはそれを止める権利は有りませんから」
「僕は実のところ今日、契約を解除する事になる覚悟で来たんですが・・」
「そんな必要はないですよ。そのままでいいじゃない・・」

 私はその時それを遮ってまでして契約解除を申し出ることは出来なかったが「関係はこれで終った」と思い、心がまるでスッキリとした。この先何も期待しなくていい事になり毎年結果に落胆する事が無くなるからに他ならなかった。なんという安堵、なんという開放感であることか、と思ったものだ。
 そして私には、MIIXAに対してもやはり明確にしなければならない事柄があった。

「ところで、御社に素材写真を提供するとして、その後で他社に提供することは出来るでしょうか?」
「写真が違っていれば何も問題ありません。余り似た物だと困りますが、その辺さえ気を付けてもらえれば大丈夫ですよ」
 課長の言葉には何の濁りも無く、いたって快い返答だった。
「この素材集全体のレベルがアップすることが必要なんです。それに遠慮しないでどんどん貢献して下さいよ是非」
「なるほど・・そういうことですか」
「まあ、黙っていてもそのうち良い写真がライブラリーからこちらの方へ流れて来るでしょうが、今のところウチがその先端を担っているというところです。でもウチは不特定多数やセミプロは相手にしませんからご安心を・・」
「素晴らしい・・。MIXAの発展をお祈りしますよ」

 そうして私はMIXAと付き合うことになり、その蜜月は十年余に及び、【日本の山暦】【小さな四季】を皮切りに十数本のタイトルの素材集をそこから出すことになった。ただし、著作権フリーの素材集なので敢えて作者の名は伏せてもらうことにした。
 セレクトした写真は作家性の薄い作品で、習作期に撮ったものが大半だった。スリーブのまま未整理の引出等から掘り返したりして、それ向けの写真を自分のストックから選別すると、捨てる物が一つも無いことに驚いた。
 何千点という数の質の高い素材写真が有ることに気付き、その全てを売り切ってしまってもいいと思った。そして、全ての写真を見直して三段階に自分のストックを分類することにした。個展を開いたり写真集を出したりする作家としての代表的作品群と、それ以外の物に大別し、それ以外の物を更に二分することにした。素材の買取価格の条件に対応する為だ。
 すると面白いように見事に三等分することが出来、自分の作家性とその価値も見事に浮かび上がることになった。
 「四季肖彩」は、そんな中で再認識した私の集大成に他ならず、「これ以上は無い」と公言して悔いのないものに違いなかった。

 そして、お墨付きがあったこともあり、MIXA以外にも複数のメーカーにその素材を存分に提供することになった。その場合にMIXAへの提供が信頼の糧になって商談が早まった。どのメーカーも同様にし質の高い素材写真を求め始めていて、その最盛期に巡り会ったという訳だ。それまではライブラリーに弾かれた屑写真がフリー素材集の大半を占めていて、それは一目瞭然の現実に違いなかった。そしてその時代は直ぐに終って、飽和状態のライブラリーから素材がその種のメーカーに実際に大量に一気に流れて来るのであった。私がそれをしなくてもそれは必然の流れなのだった。
  そして、このビジネスの好機を逃す理由は私の周りの何処にも無かった。

 新しいメーカーが出来たり、それを見越して写真素材を大量に買い取るブローカーも現れた。私はそれらに提供し尽くして何千という素材向けの在庫が遂に底をつくことにまでなった。それでもその需要は暫くの間尽きることが無く、私はそれ向けの写真を撮りまくり、素材の在庫が切れないようにした。撮るもの全てが売れるのだから、こんな面白いことはない。
 撮る場合に注意するのは「作家性をころす」という一点であり、それは容易なことだった。
 それまでは、目的の撮影地に赴いて一日一枚どころか全くシャッターを押すことが無い事さえ有るという、そんな撮り方を私はしていたのであるが、なんというもったいない事であったかと自笑してしまう。
 しかし、ファインダーを覗いて構図を決めると直ぐに傑作が出来上がってしまいそうになり困ったものだ。素材たるもの絵としての完成度が高いほど使い難くなって、お呼びではないのだ。デザイナーがトリミングしたくなる写真が良いということだ。極端な余白を作ったりすると、絵としてはアンバランスでも素材としては使い道が多いということもある。

 単価が低いので、プロのビジネスとしては数をこなす必要があり、MIXAだけではやはり心もとない。部長は私が色んな所へ提供していることは承知していて、互いいに詮索はしないでいたが、それらは全てそもそも作家性の無い写真が大半であるし、質の良い写真は私だけでなくライブラリーカメラマンが素材集に大勢流れ込んで来て、それは彼の想定内なのだった。
 そして彼は、私「に撮り卸し」の仕事の依頼をするようになり、私はそれを引き受けもした。一度に複数のタイトル企画を作って提示され、ぷろとしての収入に気遣ってくれるのだった。一本のギャランティは決して大きい仕事でなかったが、次々に仕事を提供してくれる。中には撮った事が無いような課題も有って、困惑したが、「撮れるでしょう」「そうですね」と、仕事をこなすことになる。信号や道路標識の素材集まで引き受けてそれぞれ全て商品になった。
 そして、いつしかMIXAの中で一番多いタイトルを担うことになり、私はその中で目立って突出した存在になっていた。
有り難い話であるが、その時の私には、MIXAとの蜜月関係の終焉が近付いていることに気付くことが出来ないのであった。MIXAの中に或る人物が参入することでそれは始まった。
 彼は、暫くの間私が頂上に背を向けて距離を置いていた写真界からの使者のようであり、あの時に頂上で見た白い霧と同じそれはまるで何かに呪われた亡霊のようだった。この別天地のような山腹の花畑は、忽ちのうちに霧に覆われて、晴れることが無いように私には見えた。そういえば、ここは同じ山の一山腹に他ならなかった。
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Author:sagapo5614
写真集「四季の肖像」の作者です。
プロフィルや作品はこちらのHPをご参照ください。http://mfnpf.jp/
下記リンク【四季の肖像】からどうぞ

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