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21 小椋佳の世界・2

 相棒の話だけでは聊か不公平なので、その結末の前に私の話を少しするべきだ。
  丁度その頃、私も一人の女子大生に恋をしていて、その経緯からして、もしかしたらそちらの方が充分に面白いかもしれない。
 学生時代に一世一代の大失恋を経験した私であるが、その心の怪我が自然治癒した頃にその彼女が私の前に現われた。

「おまえ、また始まったのか・・?」
「ああ、そうみたいだ」
「本物の相手ということか・・?」
「ああ、そんな気がしてならないんだよ。今度こそ・・」
「しかし、あそこにあんな可愛い子が居たなんて気が付かなかったな、おれ」

 名古屋時代の私達は、何時もセントラルパークという地下街でよく時を過した。名古屋は「地底人の街」という異名を献上したいほどに地下鉄と地下街が発展していて、誰もが春夏秋冬いつも地下ばかりを歩いて過すと言っても過言ではない。栄町のそこは特に大きく、各種商店・飲食店どんな店も数々軒を並べて何時も賑わっている。閑散とした外の街並からは想像できないその地下の賑やかさに、初めて足を踏み入れ驚く来訪者は多いようである。
 地下鉄の中心地でもあるそこは、二人にとって学生時代から通学上の溜り場にちがいなく、喫茶店を梯子してよく語り合ったりして過したものだ。社会や政治の事・映画の事、写真の事、そして恋愛の事と、時間はいくら有っても足りなかった。
 その地下街の一角の大きな書店にその彼女は居た。丸善ブックセンターということから、彼女は二人の間で「丸善ちゃん」と呼ばれるようになった。もちろん名前が分からないからであるが、相棒の方は当然の如く「マクドナルドちゃん」となった。
 隅々まで歩き尽くした広い地下街の中で、彼女一人に私の目が留まったのは、思えば不思議な事である。二十代に違いない当時売り出し中の今井美樹に似たアルバイトの店員である。毎日は居ないことから正社員でないと推察された。「今井美樹に似てるな」と彼が言ったが、その時私は彼女のことを知らず、「それよりも、トレイシー・ハイド(小さな恋のメロディ)に似てるだろ」と応えたものだ。

「あの、写真家の木原和人という人をご存知ですか?」
「え?・・」
「その人の本を捜してるんですが・・写真集とか・・」
「あ、はい、少しお待ち下さい。調べて来ますから。・・木原なにでした?」
「和人・・木原和人です」
「あ、どうも・・すいません」
「お願いします」
「かしこまりました」

 これが彼女と交わした最初の言葉なのだった。書棚を整理している彼女の背後から私はそう言葉を投げかけると、驚いたような顔をして振り向くその時の彼女は、私の目に事のほか美しかった。何時、何を、どうやって・・。さんざん戸惑った末に満を持しての声掛けだったが、それは想いのほか自然な会話となった。ただそれだけの言葉であったが、彼女のその声は、私の心に沸いた清水が隅々にまで染み渡るようだった。まるで「伊豆の踊り子」の書生ようである。いや、それれは、私にとってそれ以上に必用なものにちがいなかった。それには、単なる失恋の癒しというものとは違うもっと大きな意味がある。私に必用なものが何であるかを、そのとき悟った。
 そして、間もなくして、彼女は小走りに私の所に戻って来て調べた結果のメモを見て報告してくれた。

「絵本が何冊かと、『接写のフルコース』というハウツー本が一冊出てますね。だけど今ウチには無いみたいです。お取り寄せしましょうか?」
「そうですか。いや、今日はいいです。有ればどんな物か見たかったんです」

 これで会話が終わるのが堪らなく惜しくなり、私は想わず言葉を続けた。

「僕は今、写真の勉強をしてるんですよ。それで彼の凄いファンなものだから・・」
「へえぇ・・。どんな写真なんでしょう・・」
「だから、木原和人のような写真・・ということです」
「・・・?」
「自然写真・・花や昆虫、それに風景とか・・」
「素敵ですね」
「いやぁ・・それが難しいんですよ。いい写真を撮るとなると・・」
「へえぇ・・」
「注文したくなったら今度そうします」
「はい。ありがとう御座います。よろしくお願いします」
「はいっ」

 彼女のその声の一言一句が、もれなく全て清涼な清水のように私の心に染みわたり、まるで春のそよ風のように頬を優しく撫でるのだった。
 その何でもない会話の中で、私は自分が彼女に魅かれる意味が分かる気がした。しかしそれは漠然とていて、その意味が何か、知りたくなった。そしてそれは、それこそが私の恋心の本質というものに違いなかった。しかるに、彼女のことをもっと知りたい、もっと言葉を交わしたい、という願望が湧き出した。出来るなら、その意味を一生をかけて知るのもいいと・・。
 
「おまえ、彼女と全くもって御似合だよ。他にない絶品のカップルだな、これは」
「そうか、そう思うか。ありがたいけど、まだ決まってないから・・」
「お前しか居ないだろ、彼女の相手・・。あの子だんだん綺麗になってきてるから・・あれはやっぱりお前のせいだと思うぞ俺は」

 私はそれから毎日のようにその書店を訪れることになり、店先に彼女が居るとそれだけで嬉しくなって、見るだけで間違いなく心が癒されるのであった。書物を整理していたり、レジの所で仕事をしていたり、混み合った時間帯には、その人や物陰から気付かれないように彼女に見蕩れる私の姿がそこにはあった。彼女のその全ての仕草が愛おしく見える。そして訳もなく気が晴れて元気になって、夢が遠くない気さえするのであった。
 木原和人の出版物は既に大半持っていた私であったが、あの続きもあって【光の五線譜・3】を注文したり、 スピルバーグや黒澤明の本も探してもらって購入したりしたものだ。「僕は映画も好きなんですよ」とか話したものだ。

 そう毎日のように彼女の前に現われたりしていると、やはり、次第にその私の思いが彼女に知られることになるのは否めなかった。レジの店頭に居る彼女の前を何気なく通るだけでも、私の気持が彼女に伝わってしまうという状況だ。相棒が私をからかって彼女の前に突き飛ばして二人がぶつかりそうになったりもして、それはもはやアカラサマなのである。
 しかし、彼女の気持は、ハッキリとは分からない。「悪い感じではない」ことだけは確かであるが・・。私としては確かなインスピレーションというものを感じ取っていたのであるが、それは今のところ実際には一方通行の可能性がゼロとはいえず、したがって、それをハッキリとさせる必要があった。つまり、何時までも「白い一日」のままでは居られない、ということだ。インスピレーションが間違いなら、私はとんだ勘違い迷惑野朗でしかないことになる。

「いやいや、彼女は本物だって。今度こそお前の本物の相手だよっ」
「俺もそう思うって。言ってるだろう・・」
「彼女は最近本当に綺麗になってきてるんだよ本当に・・」
「お前もそう思うか・・。じつは俺もそう思うんだ・・」
「だろ・・。あの時のあの子と同じだよ」
「あの事はもういいよ。もう言うな。忘れたんだから。大失敗の巻きだ」
「あれは本当に信じられん結果だったなー。本当に本物だと思ったぞ俺・・」
「ああ、俺もそう思ったさ。・・何がわるかったか、色々考えたんだけど、問題の本質は分かった気がする」
「ああ、あれだ。・・曖昧な自我・・とかいうやつだったな」
「だから、それはあくまでも本質でしかないんだよ。問題は、その上でどうしたらいいか・・ということなんだ」
「重くならない事だろ、つまり・・」
「そうなんだけど、どうしてもそれが俺には難しい事なんだ。軽いのがどうも・・。重くて何故わるい、とさえ思う。俺はやっぱり」
「その重さに耐えられる相手が本物ということなんだろ・・」
「そうかもしれん・・と」
「丸善ちゃんは大丈夫だよ。強い子のように見える」
「ああ、じつは俺もそう思うんだ」
「とにかく、今度は失敗しないようにしないとな・・」

 曖昧な自我・・。それは、その頃日本でブームになっていた日本人論について、私達が素人ながらに集約的な結論として導き出していた日本人の特性を表す一つの造語なのだった。日本人の自我の二元性を説く論文に共感した私は、その特性といえる自我が出来上がる過程を日本的教育の中に見出して、その集団主義的要素を解析しようと考えていた。しかし、私はその学問を極めるつもりなど特になくて「そのうち誰かが答を出してくれるさ」と、それは暢気なものだった。しかし、その時私は、とにかく曖昧を美徳とする伝統的な日本の社会、慣習、日本人の習性というものに対して聊かの憂いを感じ、その伝統が脈々と受け継がれている現状に疑問を抱いて、少なくとも自分だけはそう在りたくないと強く思うのだった。相棒も、それには強く共感していて、「俺も昔から曖昧なんて大嫌いだよ。曖昧は俺達の敵だ。そんなものは周りから蹴散らしてやるっ」と言うのであった。

「丸善ちゃん、俺達のこと、いや、お前のこと感付いちゃってるんだよな、やっぱりさあ」
「そうだな・・お前がヘンに冷やかしたりしたし、もう可笑しなことになってるわ」
「でも、それにしちゃ悪い感じじゃないと思うんだけど・・」
「それは俺も思うけど・・このままじゃどうしようもないし、限界でもある」
「どうするつもりだ・・。おまえ・・」
「なんとかするよ。今度あそへこ行った時」
「どうするってか?」
「未だわからん。あそこへ行って近付いて、何かが自然に始まればそれが一番いいんだけど・・。それが・・どうしても・・そうなるような気がしない・・・」
「あの時のダメージがあるんだな、やっぱりお前には・・」
「まあ、そうなのかもしれん・・」
「後遺症だな・・それは・・・」

 私が考える恋愛の自然な始まり方は、先ずは自分の一番正直な気持を伝える事だった。それは「君が好きだ」という事に違いないとしても、それが得策ではないという事を私は学習していて、それには曖昧手法を取り入れるべきと考えるのであった。かといって、曖昧は敵であり、それに組み伏すことなど絶対に出来ない。それに、彼女を「好きだ」と言うには早すぎる。彼女の一体何を分かってそう言えるのか・・軽薄だ。しかし、何故かその時の私には彼女の事が全て理解できる気がした。もしかしたら彼女本人が知らない事さえも・・。そして考えられる最低限の正直な気持、それは・・「君ともっと話がしたい」「君の事をもっと知りたい」・・であった。そして、想像の中で彼女にその言葉を伝えるシュミレーションを何度も繰り返すのであった。
 実際に彼女に何度も近付いて何度もその可能性を覗ったものだ。・・しかし、それで何かが始まるという想像は幻想に近いものとして、何時もあえなく厳しい現実に引き戻される始末であった。
 曖昧な自我・・その言葉が私の頭をよぎることもあり、彼女の自我の在り方も気になった。恋愛には強い自我が必要なんだと、その時の私には思えたが、それはあくまでも直感的なものなのだった。しかし、恋愛は自我の本質が試される場であることに違いなく、それに立ち向かって勝利する意義が確かにそこに有ったに違いない。曖昧な自我のまま曖昧な恋愛をして何が嬉しい・・漠然ながらも、そんな気持がその時の私には確かにあった。

「これを彼女に渡すことにした」
「何だそれは・・手紙か・・・」
「いや、手紙じゃあない」
「そうだよな、それなら前と同じだからな・・」
「だから、もっと軽いものだよ」

 それは、一枚のブローニーサイズの花のポジ写真が入った小さな封筒なのだった。花はスズランで、乗鞍高原で先般私が撮ったものである。ローアングルで真横からマクロレンズで近付いて撮ったちょっとした自信作だった。バックに青い山と高原の風景が綺麗にボケてさわやかな空気感が写りこんでいる。「これは僕が撮った君のイメージ」という言葉が添えてある。それだけでいいと思ったのだが、念のために自分の電話番号と住所を書いて「お近付きの印しです」とした。

「それはお前らしいな。いいんじゃないか」
「写真の勉強してるって言ってあるし。俺なりに最大限軽くしたつもりなんだよ」
「いい、いい。・・それにしても、それをどうやって渡すんだ・・?」
「まあ、それは行ってから考えるさ。自然に渡せれば最高なんだけど・・」
「とにかく無理やりにでも渡しちゃえば・・?」
「そうだな、自然になんてこと、無いかもしれんな、やっぱり・・」
「場合によっては、俺が渡してやってもいいぞ」
「それはないだろ・・。いくらなんでも」
「それでもっと軽くなることもあるかもよ・・?・・」
「そうかなあ・・・?」
「とにかく・・おれと一緒に行こう。俺も心配だから・・」
「まあ、その時の現場の雰囲気しだいだな、これは」
「そうそう」

 そして、丸善作戦と呼ばれたそのミッションは、水曜日の夕刻に決行されることになった。ビッグウェンズディとも言って、それは彼女が何時も確実にその店に居る時間帯なのだ。後の日は居たり居なかったりとまちまちで不定期なのだ。

「居た居たっ」
「・・・・」
「なんかドキドキするなっ」
「何でお前がドキドキするんだ・・?」
「いやーっ、何だか彼女が眩しく見える」
「だから、何で・・お前がっ・・」
「それにしても、綺麗な子だなー。彼女って」
「今さら言うな。俺は目が高いんだからっ」
「面食いだよな、何時だって」
「そんな事じゃない。俺が言うのはだな・・」
「おっとっ・・」

 混雑した人の間から彼女を見ていると、レジから彼女が突然こちらの方に向かって近付いて来たので、慌てて二人とも飛ぶようにして物陰に引っ込んだ。

「あれ?見付かったかな・・」
「そうでもない。とにかくお前、落ち着けよ。やるのは俺なんだから・・。お前はちょっと離れていてくれ」
「わかった・・。やれるのか?今日・・」
「わからん。俺はやるつもりだよ」
「また今度にしようか・・それがいい。せいては事を仕損じる・・だ」
「いやいや、もう充分に時は熟した。ただでさえ此処で俺達はウロチョロしてて、彼女に何度も見られてるんだぞ。とにかく、お前はちょっとどこかへ消えててくれよ」
「そうか・・そうだな。お前が一人で今日それをやるんだなっ」
「ああっ。そうだっ」 
「わかったよ。・・幸運を祈るッ!」

 そう言って彼はその場から居なくなったが、急に静けさのようなものが漂って突然そこがまるで神聖な場所へと変わった。
 私は、レジで正面を向いている彼女の直ぐ近くの書棚に立って横を向き、本を読むフリをした。その距離は数メートルほどで、彼女の視界に入っているのは確実だ。それとない仕草で彼女を覗うと、私の存在に気付いてか、下に目を伏せ黙って何か手作業をしている表情は、心なしか恥ずかしそうな感じに見える。
 私は、暫くの間そのままその場所に立ち続け、何かが始まるのを待つことにした。気を研ぎ澄ますと、二人の間には張り詰めたような空気感が漂っていた。

『これは何なんだろう。この緊張感は自然のものなのだろうか・・』

 二人の鼓動が時計の音のように周りに木霊しているようにさえ思う。始まるのか。始まるのか・・・。私は横に大きく一歩踏み出して彼女に少し近付いた。彼女は私が彼女に魅かれてるい事にとっくに気付いている筈だ。私はまた暫く沈黙の構えでそこに佇んだ。そして一度ゆっくりと彼女の方を見た。すると、その時僅かに視線が合わさったのだが、彼女は黙ってまた下を向き、まるで神妙な顔をしている。
 私のその日の接近は、やはりこれが限界だった。そして、その時それは何も始まらなかった。私はその時、彼女に何を期待したのだろうか。それは定かではなかったが、少なくとも、その時二人の間に何か良い空気が漂って私が次の行動に自然に移れる事を私は期待していた。しかし、現実はそうではなかった。 
 「近付けば何かが始まる」・・それは御伽噺なのか。脈が無ければ始まらないのは当然なのだが、その時たしかに聞こえた高鳴る彼女の鼓動は何だったのか・・。それは私の気のせい、勘違いだったのか・・。考えたらもう分からなくなる。
 
「なんだよ。未だ何もしていないのか・・・」
 二十分ほどして戻って来た相棒が、何事も起きていないの知って安堵のような溜息を吐いた。私も彼の顔を見て、つられるように一つ大きな溜息を吐いた。

「ちょっと、想ったよりも難しいな、これ・・」
「よしっ。俺が渡してやるわそれ」
「えっ?・・」
「いいから、ちょっと、それ見せてくれ」
「これ、どうやって渡すつもりなんだ?」
「いいから、それ貸してみろ」
 そう言うと、彼はそれを強引に私から受け取って彼女の方へ勢いよく歩いて行った。突然の事に私は驚いて怖くなり、後ろを向いてそこから離れて写真集のコーナーに逃げ込んだ。
 すると、直ぐにケロリとした表情をして間もなく彼は帰還して来た。渡したのだろうか。

「ダメだった、難しいな、これ・・」
「だろ・・。なんだよもう・・」
「やっぱり、これはお前がやるべきだ」
 と言ってそれを私に返すと、ひときわ大きな溜息を吐いた。そして他人事になった。

「それにしても・・彼女、やっぱり綺麗になってるよ」
「だから何なんだ?今さらまた言うな」
「これは確かにお前のせいだなっ。間違いないっ!自信を持てということだっ!」
 彼はそう言うと私をまたからかって「コノーッ!」と前へ突き飛ばし、隠れていた私は彼女の視線の真ん前に躍り出た。私達は、様子を覗うために彼女が見える物陰に隠れてヒソヒソ話をしていたのである。

「おい、何するんだよ・・もう」
 すると、彼女はその様子を目に留めたようで、驚いたように首を傾げてこちらを見ているではないか。
「何か、ヤバイな・・。彼女を見たか・・何かちがうぞ・・あれは」
 恐る恐る彼女の様子をまた見ると、しきりに頭を何度も傾げて何か呟いている。その表情は前と一変してまるで怒っているようだ。
「何か怒ってるぞ、あれ。様子がちがう」
「そうだな、怒っているなあれは。お前が悪いんだぞ・・。俺達がからかってると思ったのかな・・」
「俺がからかったのはお前なんだけどなあ・・」

 彼女は確かに間違いなく怒っていた。その豹変したかのような彼女の表情に対して、私はその時少し驚きはしたが、不思議と幻滅はしなかった。気が強い彼女の一面を垣間見て、それが私の抱いたイメージに沿っていると確認できた。けっしてか弱くない凛とした花の強さに惚れ直したとでも言うべきである。怒るにはそれだけの理由があるようだ。
 しかし何を怒っているのか?・・。それを考えると、私の心は途端に火が点いた。怒りではない。「なんとかしなければ」「彼女は大きな誤解をしている」「誤解を解くにはこれしかない」と・・。
 私は、今までの躊躇がまるで嘘のように、思い切り彼女の所へ近付いて行き、用意していたそれを胸元に差し出した。

「何ですか?」
「これ、君へ・・」
「・・・?」 
 彼女は、少し意外な顔をしてそれを見つめたが、直ぐに受取ろうとはしなかった。差し出された私の手とその物が暫くそのまま宙に浮くことになった。仕方ないので、私はそれを彼女の前のテーブルの上に置いて、一言発した。
「・・これ、プレゼント」
 彼女はそのまま黙っているので、私は、確認しないままその場を去った。正直言って怖かったこともある。

「おおっ!・・やったかっ・・ついに」
「ああ、・・でも、受け取ったかどうか・・いまいち・・」

 爆弾投下の成果を調べる偵察機のようにして、私が遠巻きにそのテーブルを見ると、それは何時までも同じ所に留まったままだった。よく見ると、少し淵の方へ追いやられているようだ。

「あれじゃダメだな。・・受け取らないつもりなんだろうか・・」
「そうかもしれんな・・」
「何だよこれ・・困ったな・・」
「よしっ。俺に任せろ。俺があれを無理にでも手渡してやるっ。お前はよくやった。もういいっ!」

 また勢いよく彼女に向かう彼だが、今度は本当にそれをやっていた。遠くからはよく判らないが、どうやら彼女はそれを受け取ったようだ。そして、見ていると、驚くことにその小さな封筒の封をハサミか何かで急いよく切ろうとしているではないか。

「やったっ・・やったぞっ・・怖いから、ここはもういいっ・・行こうっ」
 そう言って、彼は私の肩を叩いて、勢いよく店の外へと連れ出した。

 退散する時、彼女がそれを開けている後姿が微かに見えた。そしてそれはやはり怒っているように見えた。馬鹿な勘違い男の恥ずかしい告白を受けて迷惑であるに違いないと、そのとき思った。
 
「彼女、どんな感じだった?何か話してたみたいなんだけど・・」
「ああ、話してたよ。・・貴方たちは二度とここに来ないで下さい。もう来て欲しくないのっ・・てさ」
「うわっ・・最悪だな」
「最悪だってば。あんな気が強い子だなんて思わなかったわっ」
「俺はそうでもないぞ。思ったとおりかもしれん」
「へえぇー・・」
「だから、俺のインスピレーションは本物なんだって」
「ても、よく来てた事を知ってて・・どう思ってたんかな彼女・・それまではいい感じだと思ったんだけどなあ・・」
「もう来て欲しくないの・・か・・・。よく考えてみれば、これは単に終ったとも思えない気がする・・。あの中身を見てくれさえすればいいんだよつまり、作戦として俺は」
「住所と電話番号書いてあるし・・何か返事が来るかもな・・悪い返事かも知れんが・・」
「来るとしたら、そっちの方かもな」
「それにしても、あんなこと言われちゃったら、何にしても、もう顔を出せないだろ俺達は・・」
「ああ、彼女も俺達の顔を見れないだろうな・・それは同じだ」
「どうなったんだろう・・?」
「少なくとも、あそこには何だか大きな壁ができたな」
「これはやっぱり、終わりだわ」

 それは確かに想定外に最悪な作戦となった訳だが、私の中には結果を論じるのは早計であるという気持が未だ有った。
 オンボロ爆撃機が撃墜されながらも投下した、秘密爆弾の効果をまだ確かめていないのではないか・・。不発弾ではない筈だ。

 そして、それは、その数日後、余りにも意外な形をもって、私たちの目に映されるのであった。

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Author:sagapo5614
写真集「四季の肖像」の作者です。
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