スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

24 ひときれの青空・2

  理想論を語り合う時、相棒は基本的に聞き役だった。傍から見たら、それはまるで無邪気な掛け合い漫才のようかもしれない、私の話はボケではないが、相棒のツッコミには何時でもそれは鋭いものがある。
 こと恋愛において、これは最初から彼の方が私より経験豊富で、失恋話の宝庫であった。それ故に恋愛論は次第に現実味を増すことになり謎解きも進むのだった。

 恋愛話はさておいて、その前に相棒の興味深い失敗談が一つ有る。「好かれてナンボ。お前は写真で勝負しろ。俺は・・」そんな覚悟で始まった二人の夢の旅だが、彼は時に弱音を吐いて私に相談を持ちかける事がしばしばあった。

「どうしよう。もうダメだ。オリンパスにはもう出向けない。やっちまった・・」
「何だよ。何があったんだ?」
「俺、昨日は一日家に居たんだけど、オリンパスの山下さんから午後に電話が有って、受話器を取ったんだ。それで、何を思ったか、『今、出先なので・・』とか言っちゃったんだ。そしたら山下さんが『いや、私が今こちらから自宅に掛けたんじゃないですか』と・・」
「なんだそれ。おかしいなそれは・・。山下さん狐に抓まれた顔してただろうな。はははっ、これは面白いや。あはははははっ」
「そんなに笑うなよ。死にたい気分なんだから」
「これが笑わずに居られるもんか。あっははっ、わっはははははっ」
「たのむよ、おいっ」
「可笑しいから笑ってるんだ俺は。つまり笑い話だっちゅうことだっ。あはははっ」
「どういうことだ・・?」
「心配ないってことだよ、わっははははは・・」

 天気がいい春の日にアウトドアカメラマンが家に居たらヘンだと思った彼は、思わず見栄を張って、屋外に居ることにしたのであった。いかんせん、電話は掛けたのではなくて、自宅の固定電話に掛かって来たものだった。これは、なんという間抜けな話であることか。・・しかし、私が彼の深刻な心配をよそに笑い飛ばすのには、それなりの理由があった。

「ところで、その時の山下さんは、どんな感じだった?」
「どんなって・・ビックリしてたよ。何を言ってるんだという感じ」
「山下さん、笑ってなかったか?」
「そういえば、笑ってたような・・」
「だろ・・」
「バカにされたと思うんだけど・・」
「大丈夫だよっ。お前の事なんだから。お前はオリンパスに好かれてるんだろ」
「俺は好かれてナンボでやって来てるから。その自信なら有るよ」
「だろ・・だから大丈夫・・だって」
「本当かな・・?・・明後日、用事だから行くんだけと、みっともなくって・・」
「そんな事で嫌われないよ。逆にもっと好かれるかも。とにかく何も心配すんなっ」 
「そうかなあ・・?」
「俺だったらアウトだろうな。本当にバカにされて、いい笑い者になるだけだろう。キャラの違いがそうさせるのさ」
「どんなキャラなんだよ。おれ」
「そういうキャラだ。今に始まった事でもないだろ。色々と有るんじゃないのか?」
「けっこう有るかも・・・」
「だろ・・。とにかく心配することなんてないよ。笑って済ませよ。惚けてりゃいいさ」

 私の話は決してその場しのぎの気休めではなく「逆に好かれるのがオチ」という確信があった。
 すると、それが的中し、彼がその日オリンパスに行って、どんな感じだったのかを、翌日、こと詳細に報告してくれた。

「お前が言ったとおりだったよ。いや、それ以上だった。何時もより皆が俺に良い感じなんだよ。気持ち悪いくらい」
「そうだろそうだろ。山下さん何か言ってた?」
「『居留守はダメですよー』って最初に笑って言うんだ。それが悪い感じじゃないんだよ。何か周りも知ってるみたいで・・」
「人間関係でバカを晒すの俺は好きじゃないけど、お前の場合は天然だから許せるわっ」
「用事のついでに、写真教室の仕事が一つ増えたよ。これは何かの効果なのかな・・?」
「そういうことだよ。良かったなっ!」

 もしかしたら、私の方が彼よりもずっと明るくて楽天家なのかもしれない。それは、どんな曇り空でもその上には何時も青空が広がっているんだと、信じられるからに他ならない。
 そして、相棒の場合、欠かせないのが失恋話だ。学生時代、私よりも豊富な恋愛体験をしていた彼は失恋の常習者でもあった。そんな彼の話によって、恋愛論においても、それが現実のものとして実証されて行くことになる。
 聞くかぎり彼は「やってはいけない事」を悉くやっていた。そして悉く失敗していた。

「俺は、それこそお前が言う『なんとなく』という恋愛をしていたよ。だけど、イザ告白すると終るんだ」
「だから、言っただろ、告白なんてしないまま付き合ってればいいんだよ。俺には出来ないことなんだけど」
「残念ながら、俺だってそれが出来ないんだよ。本当に好きになったら告白せずには居られないんだ。告白する度に彼女が消える。その繰り返しだわ。まるでS.F映画のようで不思議でしょうがなかった」
「S.Fというより・・・これはホラーだな」
「お前の話を聞いて謎が解けた気がするんだ。『曖昧のまま付き合うのが一番』というのも。だけどやっぱり俺には出来ない。そういう意味じゃお前と一緒なんだよ」

 彼は、性格も私とは違って確かに軽く、それはそれは社交的だが、根底にあるものは共通しているようだった。そうでなければ、私も彼も語り合う友になどやはりなってはいなかったであろう。
 そういえば、或る時、彼からリアルタイムの恋愛相談を受けたこ事がある。

「告白したら、彼女がヘンなこと言うんだよ」
「告白したのかっ。・・しょうがないな。どうなったんだよ」
「俺は相当に覚悟を決めて告白したんだ。『本気で好きになったから、これからは本気で付き合ってくれ』って。そしたら・・」
「やっちゃったな・・」
「そうしたら、御見合相手と話が決まりそうだと言うんだ・・」
「決まりそうって・・、決まってないのか」
「そうかも・・。でも何でそういうこと言うかなあ」
「とにかく、お前、ちょっと早まったみたいだな。本当に本物だと思ったのか?」
「それにしても、決まりそう、っていうのが、どうも・・」
「決まった、というなら分かり易いんだけどな」
「まあ、決まってないんだろうけど」
「断わる為か、お前の気持を確めたいか・・だな。それにしても曖昧だな、これまた」
「俺、断わられたと思うんだ。がっかりしたから」
「決まったと言ったら嘘になるからかもな」

 彼女は、時々テニス等に誘ってくる彼のYMCA時代からの女友達の生き残りだった。そして「告白していない事」が唯一の長生きの秘訣に違いなかった。しかし・・

「お前が言う『本物の相手』が、もしかしたら彼女かもしれない、と思ったんだ、俺は」
「本物だったら、そんなに苦労する事なんか無い筈なんだ。長いこと付き合ってそれでコレなら・・本物じゃなかったということかもね」
「そういうことか・・」
「インスピレーションは本物だったのか、それが問題だ」
「確かにお前ほどのものは無いかもしれん。まあ、『なんとなく』付き合ってたのは確かだからなあ。曖昧カップルだ。なんとなくの相手が本物の確率は低いんだよな。・・本物の相手じゃないって事でいいよ。・・これ、もういいわ。ちょっとムリしたかも。自信なくなった」
「本当にいいのか?」
「マジでもういい。苦労したくないんだ。彼女の気持も本当のところ解らないから・・。もう面倒くさいし」
「じゃあ、『終わり』だ。彼女も異論ないだろう。・・それでいいなっ」
「いいっ。俺は諦めが速いんだ。それが特技なんだから」

 彼女が言った事が本当かどうか・・。本当だとしたら、それは正に彼自らの『本気度』と『自我』が試される正念場だったのであろう。その場合、彼は自信なく早々に御見合相手に身を引いたことになる。そして彼女も納得して恋愛に終止符を打つことが出来るだろう。お互いに「本物の恋愛」の必須科目を落としたことになってしまうが。
 しかし、それがもしも「嘘」だったら、どうだろう。断わる理由で彼女がそんな事を言っとしたらどうだろう。そうであるなら、彼女にとっては相手を傷付けない為の計らいのつもりかもしれないが、それは果たして美しい事なのだろうか。世の中には確かに「美しい嘘」といわれるものが有るかもしれない。しかし、少なくともこの場合、どうであろうか・・。
 そもそも、真実よりも尊い嘘などというものが、本当に有るのだろうか・・。有るとしても、それは余程の場合のことだろう。嘘は真実を隠すものに違いなく、真実に勝る嘘が有るとしたら、それは一体どういうものであろうか。例えば、愛する人の病の真実を隠し通すという美談がよく有るが、厳しい事を言えば、それは隠す本人の自己満足にすぎないのではないか、と、私は思う。
 本人には、基本的に己の本当の病気の実情を知る権利が有って、それを行使することが出来る。それによって、本人は、その病と闘うことも出来るだろうし、敗れたとしても悔いを残すことが無いかもしれない。闘わないという選択もある。嘘でそれをさせないのは、本人の自我を信じられずに認めない事に相違なく、それは人格を軽視していることになりはしないか。それがたとえ幼い子供であっても、それを認めないのは如何なものか。大人よりも子供の方が生命力は強いものであり、病と闘う本能には想像を絶するものがある。
 また、医師から絶望を宣告された場合でも、それを信じずに諦めることなく闘うという選択肢があるだろう。医師が何時も正しいとは限らないのだ。闘いの末に初めて真実が表れることになり、奇跡と呼ばれる生還も可能になったりもする。間違いや美しい嘘がその選択肢をを奪うことになるのだ。やはり、私は、真実に勝る嘘などこの世には無い、と断言してもいい。
 
「それにしても、あれが彼女の嘘だったとしたら、幻滅だよなあ。・・もし彼女に嘘を吐かれたら、お前はどうする?幻滅しないか?お前は厳しいから、即『人間失格』の烙印押して軽蔑しちゃうとか・・?」
「俺には真実しか興味ないけど、彼女が嘘を言った理由を先ず考えるだろうな。断わる理由だとしても、その判断が間違ってないか確かめるチャンスを与えたいと思う。軽蔑して諦めるのは簡単だけど、短絡すぎると思うんだ」
「場合によっては許すというのか・・取り返しのつかない嘘も有るだろ」
「そんなの無いよ。嘘は真実には勝てないんだから。嘘を吐いたという真実こそが尊いの。そこから本当の答が生まれるんだよ。つまり、真実が全て・・ということだ」
「ほほー。大きく出たな、お前また」
「まあ、あくまでも、理想論、なんだけどね」
「そうかそうか、そうだったな、そういえば」
「そもそも、これは信頼関係が完璧になって初めて言えることなんだしね」
「それにしても打算や卑劣な嘘は吐いたらダメだろ」
「嘘は、真実から逃げることなんだ。そういうのは、つまり自我が弱いから・・」
「その弱さに幻滅しないのか?」
「嘘も弱さも認めずに、平気で居られるんだとしたら、幻滅するよ、その時はじめて」
「なるほどなー。それはとんでもない女だわ。やだやだっ」
「俺がそんな女に魅かれると思うのか・・そもそも、お前は」
「お前のインスピレーションは確かだと思うから、この話は無かったことにしてくれ。余計で面倒くさい推論でしかなかったわ・・ごめんっ」
「いやいや、充分に有意義だったと思うよ。謝ることない」

恋愛の成就によって地に足が着く。・・これは単なる安堵感ではなくて、人の人格と自我の形成における基礎固めに違いない。言ってみれば、ビルの建築における基礎の杭打ち作業だ。それがいい加減なままだと欠陥建造物になる。地底の硬い地盤に杭が充分に達していなかったりして都心の高級マンションが傾いたという事件が今耳に新しい。とんでもない一流企業だ(何を指して一流という?)。工期と利益を優先して安全という基本を疎かにした結果のようだ。そして、それは恋愛と通じるものがある。本人の人としての本質つまり裸の自我を包む様々な装いに、本物を見定めるインスピレーションが惑わされないか。いくら成就したと思っても、基礎固めが曖昧であれば、いずれ傾く。曖昧に済ませた恋愛の必須科目が後に大きく響くことになるのだ。単に幸福の質の問題だけではなくて、それは時に重大な破局を齎す事になり兼ねない。仲が良かった夫婦の熟年離婚も基礎が原因だと思う。運良く一生何事も起こらないとしても、それが曖昧であるかぎり実は空虚で不安定に違いない。知らされない実際の欠陥住宅とは違い、じつは本人がそれを知っているからだ。
 とにかく、成り行きや「なんとなく好き」というような曖昧な基礎固めなどをして何が恋愛成就なのか?自我の完成など望むべくもない。だがしかし、完全な自我など求めないというなら話は別だ。あくまでも、これは、「本物の恋愛」・「本物の自我」についての話なのである。

 そして「本物の相手」はこの世に一人しか居ない、というのも違うだろう。広い世界でその一人に出会うなど所詮そんなことは無理な話だ。本物の相手を感知するアンテナがお互いに健在であればその出合は難しくはなく、それが世界に一人の相手になるということだ。そんな相手は滅多に出会えないから、チャンスは疎かにせず心して大事にしなければならない。
 間違いない、と信じるのもいが、何しろ相手がある話なのだから勝手はにそうも行かない。それでも、小椋佳の「誰でもいいから」ではないが、それが「君だったんだね」という言葉を何時も心に潜ませている私であった。まさかこの世に誰一人居ないとは考えられない。そう考えると淋しくもなく、楽しみでしかない。そして、その楽観も、私の手の平に何時もそっと握り締められた一切れの青空に違いなかった。

 それにしても、基礎固めに苦労をしたり、後で補強や打ち直しをするのは大変な事だ。だから、できれば人は恋愛に於いて真面目にさっさと順当に基礎工事を終了したい。「自然」であれば、それは決して難しい事ではない筈なのだ。そして、その杭は、出来る限り心の地盤の充分に深いところに打ちたいものだ。本物の相手を捜すインスピレーションは本能なのだから、もしもそれが損なわれているとしたら、じつは人類の一大事にちがいない。現代の日本の恋愛事情に危惧を感じるのは私だけではない筈だ。最近は、曖昧を通り越して、恋愛をしない風潮さえ起きているというから話は深刻であろう。

 では、恋愛成就が叶わないなら自我の完成も無いのかといえば、必ずしもそうではない。生涯独身を通して立派な人格を築き上げた先人は多からずも決して少なくはない。自我の基礎の杭打ちは単独作業によるものなので、人一倍強いものになっているくらいだ。もちろん、それも、手抜き作業になれば同じ木阿弥である。そもそも、自我の完成は、当然基礎だけはないし、その上の建築(骨組)こそが肝心であるということは言うまでもない。更に言うなら、完成後にしても、周到なメンテナンスは当然の如く欠かせないだろう。
 何にしても、人は皆、出来るだけ早く本物の相手と本物の恋愛をして本物の自我を構築したいものである。とはいえ、やはり工期や利益優先の建築では元も子もない。若い時の私の恋愛は、不器用ながらも、そんな本能としての純粋な自我の渇望によるものだったに違いない。独身主義でない以上、杭の一つは仮の物として、何時か本物に差し替えようと楽しみに取ってあるということだった。そして、その間、それは同時に、私の唯一最大の弱さに他ならなかった。

 私にとっての本物の相手とは、つまり、その最後に差し替える杭のことであったにちがいない。若い時にそれが出来ていればどれだけ楽だっかわからない。そして、私の人生の旅もずいぶん楽しく違ったものになっていただろう。大小数々の岐路で迷った時などにも、私の選択はその都度違ったものになっていたかもしれない。それは、『君が幸せかどうか』・・それが私の何よりもの道標・羅針盤になる筈だったからだ。しかし、またその一方で、独りだからこそ無謀な舵取りができて、思う存分冒険が出来たと思えるのも事実だ。・・どちらが良かったか、それはやはり「俺には分らない」ことだ。
 
 そして、何時まで経っても成就しない私の本物の相手を求める恋愛の旅は、そのまま「本物捜し」の冒険の彷徨と重なって、己の中にさえそれを見付けあぐねることになる。
 本物の相手といっても、それは何も完璧な人格や容貌などを求める事ではないのは言うまでもない。ただ私を誰よりも理解して愛してくれる人でさえあれば「誰でもいい」のだ。ただ、できれば、身も心も野花のように綺麗であって欲しいと思うが。

 小椋佳の『誰でもいいから』という歌のように「それが君であれば」という告白を私は何時も心に用意していた。そして、時にそんな重い私の言葉を、優しく受け止めて、ただ微笑んでくれたらいい、と思うのだった。
 また、「君は海だ」という歌が小椋佳に有るが、その歌詞がそのまま私の望む女性像に重なるのである。そして、その人は海のように何時までも謎でいいのだ。それは「存在」の意味を知る事と同意なのだから。
スポンサーサイト
カテゴリ
最新記事
プロフィール

sagapo5614

Author:sagapo5614
写真集「四季の肖像」の作者です。
プロフィルや作品はこちらのHPをご参照ください。http://mfnpf.jp/
下記リンク【四季の肖像】からどうぞ

リンク
月別アーカイブ
最新コメント
フリーエリア
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

検索フォーム
RSSリンクの表示
FC2カウンター
QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。