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小説・この空の青さは-3

 地下鉄の入口の階段を下りるとき、前方がよく見渡せて、真壱の眼には白い洋服の彼女の後ろ姿が鮮やかに捉えられていた。夕刻混み始めた人ごみの中に漂う彼女が、浮き上がるようにまるで輝いて見えている。
 それは階段を下りた後も同じで、人の波間に見え隠れしながらもキラキラ輝いていて、彼の眼はしっかりとそれを捉えられていた。
 さっきの彼女がこっちを向いた時の表情と、その雰囲気が、真壱の頭の中で何度もフラッシュバックする。それが意味するものは何なのか、考えた。

「今日こそ行かないと。もう限界なんだ。そして全てが始まるのさ。今度こそっ」

 「今度こそ」・・・思えばこれが何度目のトライだろうか。火曜日と金曜日、毎週毎週。あのベンチのあの指定席。午後四時ちょうど。女子大の下校路。地下鉄入口の少し前。流れる女子大生たちの中に現れる彼女。
 あの冬の日の別れの後悔は、春の訪れとともにまるで雪のように融け去って、新しい季節の希望が真壱の心Iに芽生えるのだった。
 この世でただ一人「本物の相手」は何処に居るのか。それが彼女かもしれないと思うのは間違いなのか。あの時の二人のインスピレーションは何だったのか。それが何の意味もないとは決して思えない。自分のアプローチが拙かったんだ。それに、野暮な邪魔が入ったこともある。運命の悪戯というものがあるとしても、彼女が本当に「本物の相手」だと思うのなら、そんなに簡単に諦めていいものか。彼女が本当に本物の相手だとしたら、きっと彼女はまた自分の前に現れて、もう一度チャンスを与えてくれるのではないか。
 そして春になり、まるで柔らかい春風に押されるようにして辿り着いたあの指定席。或る日ぼんやりと眺めていた彼女の通学路に見付けた彼女の姿は彼の目にやはり美しかった。一段と綺麗に見えるのは何故だ。春の森に流れるそれは幸福な時間。

 それにしても、彼女が其処に自分を見つけた時の驚いた顔はどうだ。何食わぬ素振で澄まして前を向いて歩く彼女の横顔。それが何を物語るのか。この再会に意味があるのか。彼女は自分にとって何なのか。自分は彼女にとって・・。
 その答えを知りたくて真壱はその指定席に通い続けて彼女を見ていた。いや、見蕩れていたいたというのが本当だった。この自分のインスピレーションは本物なのか、それ自体を確かめるために真壱は其処に通い詰めたのにちがいなかった。
 心の空洞を埋める何かがそこにある。しかしそれは、彼女と出会って初めて実感した自分の中でぽっかりと空いた空間だった。そんな空洞のようなものが本当に自分の真中に存在しているということを、そのとき思い知る彼だった。
 先輩の言う悲観的な恋愛論も気になるが、それよりも、今の彼は、本当の恋愛、本物の相手とは何か・・その答を漠然ながら希求していたのにちがいない。異性として一人の女性を好きになるとはどういうことなのか、その答の希求を彼は体現していた。

 毎週毎週同じ曜日の同じ時間。彼女がそこを通って、彼がそれを見詰める。彼女はそれに気付いて、いつも目が合う。いつしか習慣になったそれは不思議な時の愉しみ。しかし、このままでいい筈はない。
 あの時、「近付けば何かが始まる」と思って差し伸べた手は、しかし届かなかった。決心が足りなかったのだと彼は思った。信じる力が足りなかったのかもしれない。だが、今日は違う。[彼女は待ってる」「今度こそ」・・彼女も今はきっと自分と同じ気持でいるに違いない。

「しまったー」

 真壱は、しっかりと捉えていた筈の彼女の姿を、不覚にもまた見失っていた。またしても人ごみの中に呆然と立ち尽くす彼。今まで聞こえていなかった周りの騒音が突然蘇えり、殺伐とした現実を思い知るようだ。自分のやっていることが、もしかしたら現実離れしたことなのかと、ふと頭をよぎる。
 しかし、何故かホッとしたように「ふう・・」と安堵の溜息が彼の口から漏れた。もしかしたら彼女も同じかもしれないと、そうも思った。あの時の失敗が無意識のうちに心を弱くしていて、後遺症のような蟠りとして、心の片隅に残っていることを、彼はそれとなく知っていた。そして、その克服が容易ではないことも・・。そして先輩の悲観的な恋愛論がそれを強く裏付けてもいた。
 しかし、そんな悲観論など、彼女を見ると何故かへ吹き飛んでしまうのも事実であった。少なくとも今日またそれがたしかに確認できた。そしてそれは最低限の収穫でもあった。

 ホームのベンチに力が抜けたように座っていると、直ぐ横のウォータークーラーの水を背伸びをして飲む少女がふと眼に留まり、暫くの間ぼんやりと眺めていると、何故か、彼がしていることが必ずしも非現実的なものではないと思えてきて、彼女と少女が重なって見え、何故だか彼女への強い想いがまた蘇えってきた。
 それは、その少女が自然に限りなく近いからに他ならなかった。


「いい天気だなあ-」
 大学のベンチで天を仰いでいる真壱の隣で康男が大きな声でそう言った。
「トンビが飛んでら。トンビガクルリト ワヲカイタ-ハ-イ-ノハイ-だ」
 上空の春の青空には確かに二羽の鳶が悠然と空を舞っていた。
「あれはひょっとすると雄と雌だなあ。なんだかなあ-。うらやましいなあ-」
 真壱もそれとなく無言でそのままその鳶の飛行を目で追っていた。
「テメエ、差し詰めまたあの子のこと考えてんだな」
 彼の思い詰めたような横顔を見て康男が少しからかうようにして言葉を投げかけた。
「だいじょうぶ。彼女は何も変わっ ちゃいない。お前と出会った時、その時からね。だいたい誰も近付けないよ。近付くのはヨッポド無神経なバカ男さ。とりあえずそういう心配は無い」
「ちょっと整理してるんだ・・」
「なるほど。それは必要かもね」     
「あれから半年か。・・確かに彼女は変わってない。それだけは分かってる」 
「いや、奇麗になってる」  

 あの場所に一度同行したことのある康夫は、じつは物陰から彼女の様子を一度見ていてたのであった。そして、その只ならぬ雰囲気が二人の間に漂っているのを知っていた。それをメルヘンだと言って楽しむ彼に真壱は励まされていた。そしてまた彼の顔は綻んで元気になった。
「そうっ。そうなんだよな。そうそう。・・綺麗になってる」   
 笑顔になった彼を見て、靖男は更に言葉をかぶせた。  
「まったくもって罪な奴だぜ。ほんとにもう。お前って奴はっ!」
 と言って大袈裟に頭をこづくと、つんのめってしまい椅子からはみだす真壱は、体勢を立直しながらワザと冷静を装って少し惚けた。
「ははっ。だけど、ホントかなっ・・?」
 そのワザとらしい惚けぶりに呆れた彼は、その真意を正すことにした。
「じゃあ、誰のせいなんだ・・」
「それなんだよ。・・だけど、いいんだ。 どうだって。・・つまり、無条件降伏なんだ」
「なにそれ・・」 
 予想外のその返答で康夫の頭に疑問符の灯りが点いた。          
「だから、無条件降伏。どんな条件が付いてたとしてもってこと」
「条件って・・?」
「つまり・・彼女が・・どんな。・・・つまり」
「なんだ・・つまり・・あれだな・・彼女が・・やっぱ、あれだ。つまり・・・処女じゃなくてもっ、ということだ」
 そのあまりにも露骨な彼の言葉に想わず吹き出しそうになる真壱だったが、一部それはじつに的を得たものだった。
「バカッ、何を言うっ。・・でもそうだよ。はははっ。それはとっくに考えたさ。そりゃあ、その方が有難いけど。それが理想ってものだけど・・。こういう時代だからさ。・・つまり、それも含めて全部ってことさ」
 想えば、処女や童貞を恥ずかしいものとして疎む時勢は、いったい何時頃からのことだろう。そんな疑問を投げ掛けたところで空しいだけと、何時の間にか諦めている二人なのだった。
「すごいなあ。俺達にはその理想を条件にする資格が有る筈なんだけどなあ・・」
「まあね。確かに。はは・・。だけどいいんだ。俺は、あの時の、あのインスピレ-ションを信じたいんだ。お互いが求め合う・・何かさ。もしかしたら、本物の・・本物の・・」  
「本物の相手」
 その時、二人の視線は、青空の彼方の一点で重なって、そこに雲のように浮かんだものは、あくまでも美しい彼女の姿に他ならなかった。
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