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①木原和人が死んだ

「木原和人が死んだってっ!」

 見知らぬ顔の小太りで小柄な中年の男が声を張り上げて勢いよく突然そこへ飛び込んできた。大袈裟に騒ぎ立てるような男の様子に私の目は思わず窄まった。
 紺色の着古したような背広が品の無さを助長している。丸顔のその口は突き出てまるで小さな薬缶が沸騰してピーーと鳴っているようだ。

 1987年の春、ここは新宿三井ビルの一階にあるペンタックスフォーラムのメインロビー。私はその日、つい最近開催したプロとして初の写真展を終えたばかりで、担当者と事後処理などについて打合せのために訪れていた。

「びっくりしたなあっ!早すぎるよなっ!四十だって?!胃癌だってなっ!」

 場所柄から人の出入りがあるといっても比較的静かなロビーに野卑な声がこれ見よがしに響き渡る。ソファーに座したスタッフやアマチュアの客が、男を見上げ、揃って「うんうん」と頷いた。私もその例外ではなく、同じように頷いていた。

「胃潰瘍で入院したの退院したの聞いてたけど、まさか亡くなるとは想ってもなかったよ。藤田さんも、それはびっくりしたでしょう」
「もう本当に今日はショックですよ。ちょっと今、ここから立ち上がれなくなっちゃってますから」
 
 そうだろうそうだろうと頷きながら、佐々木さんは神妙な顔で私を静かに見つめた。

 そのニュースは、丁度この日、ギャラリーに伝わっていて、偶然来た私は突然その悲報を知らされて、言い様の無いショックに打ちのめされていたのだった。私にとって本当にそれは衝撃で、その時本当に目前が白くなる感覚を生まれて初めて体験したほどだ。

「いやーあ、ビックリビックリ、まいったまいった、ショック!ショックッ!」

 男は叫ぶようにそう言いながら反対側にあるスタッフルームの方へと消えて行ったが、遠くで更に騒ぐ様子が聞こえてくる。

「なんか、瓦版みたいな人ですね」

 私はそれが何処のどんな人なのか知りたくて、少し笑ってそう言ってみた。どうやら、プリントや額装を専門に扱うこのギャラリーの納入業者で、スタッフにはお馴染みの顔らしい。私の時の業者とはライバル関係のようだ。
「違っててよかった」とその時心の中で呟いたが、それよりも「喜んでるのか」と囁いたことの方が記憶に確かなものがある。もちろん周りには聞こえない声で。
 何にしろああやって騒いでくれる人が居るのは故人にとって悪い事ではないと、私はその時思ったものだ。それにしても、故人を呼び捨てにして平気な彼の言動に、一抹の不穏なものを感じ取ったことも確かであった。

「うちとしても写真展の案内状出してあったんだけど、来なかったのは、来れなかったんだね。もう悪かったんだな・・」
「色んな話をする筈だったんです。写真展を開くことを勧めてくれたり、東京へ来たら知らせてって言ってくれてたんですよ。木原さんは」
「藤田さんは木原さんに憧れて写真を始めたんだったんですもんね」

 ギャラリーのスタッフで担当である同い年の佐々木さんが、深刻な面持ちでそう言って私の顔を見つめてきた。

「いや、正確に言ったらそれはちょっと違うんだけど。僕が写真を始めたキッカケは、前田真三、なんですって」
「あ、そうか、そうだった。そういえば聞いてたわ。すまんすまん」

何故かホットとしたように彼の表情から緊張が解れて場が和み、周りの空気も急に軽く明るい雰囲気になった。
そんな空気の急変に、私はその時、何かの違和感を覚えたのであるが、それが何だったのかが直ぐに分かった。

「いやいや!今日は大変な日だ!驚いた驚いた!」

さっきの男が一しきり騒ぎまくってまたこっちへそう言って近付いてきた。

「あの人はよく喋る人一倍元気な人だったからさあ、急に居なくなると寂しいもんだなあっ!」

  笑いこそしないが、やはり大きな声で話すその男の顔は異常に明るい。いや、晴れやかである。
人の不幸は蜜の味というが、これはやっぱり不謹慎なものである。ちょっと人格を疑った。何処の世界にもこういう調子の人は居るものなのだろうが、何やら穏やかならざるものを私は感じ取っていた。

「そうなんですよね。あの人が来ると写真の話ばっかりで、疲れるんですよ。いつもそうだった」

 一同が頷いているなか佐々木さんがボソリとそう言った。

「え?どういうこと・・?」

 小さな声のその言葉にひどく驚いた私は、彼に思わず大きな声でそう言った。
 「写真家が写真ギャラリーに来て写真の話をして何が悪いのか」と言いたかったが、喉元で止めた。

「いやね、彼が写真の話をし出すと止まんないんですよ、それが。直ぐに議論みたいになっちゃって。写真論なんだけど。遊びが無いというか何ていうか。冗談もあまり言わないし。疲れるっていうか何ていうか・・。どーもねえー」

  同席しているもう一人のスタッフと知らないカメラマンに同意を求めると、一人が「そうそう」と頷いている。
 「なんだこれは?」と思い、私は思い切って言ってみた。私にとってその驚きは特別なもので感情を抑えるのに苦労した。

「佐々木さんは、木原さんのことが嫌いだったんですか?」

 そういうと、何の躊躇いもなくのその口から直ぐに返答が返ってきた。それは余りにも明確で驚いたものだった。その表情は、への字になった繭間に皺をよせて、それが本心だということをアピールしている。

 その驚きは、じつは私は写真ではなく人物像において前田真三よりも木原和人がずっと好きであったからである。そしてその時、以前に機関誌の対談記事上で写真論を熱く語って写真評論家をやりこめている姿や言動が鮮やかに蘇えっていた。
 そして、私自身、もっとずっと若い時に彼と話す機会があって、本物の一匹狼を彼の姿に映してもいた。「本物とは何か」・・それが私のライフテーマに違いなく、何時の頃からかその答を何処でも何にでも常に求めているのであった。
「みんな甘いんだよ。完成度を求めずして何が芸術家だ」「写真家協会なんか入らなくていいさ。みんな名刺の肩書にしてハクを付けたいだけなんだから」「俺には敵が多いけど、仲間もいる。東京へ来たら訊ねて来なよ。面白いことしよう」
 あの日名古屋のギャラリーで彼と交わした初めての会話が鮮明に思い出される。

「藤田さんには悪いけど、正直言って俺はあんまり好きじゃなかったよ」
「いや、それはいいです。でも、どんなところが・・」
「何でもハッキリ言っちゃうし。白か黒かと詰め寄って来る。世の中ああいうふうじゃダメだって。適当にしとかないと。俺は嫌いなタイプだっな」

  一気にそう言って彼が私の顔を眺めているのは、それが決して無神経なものではないということを物語っている。

 そして、それは、この業界にこれから生きて行く私にとって、そんな木原和人を心の底から尊敬している私にとって、その言葉は、どれだけ強く胸に突き刺さったことか、思い出しても痛くなる。
 しかし、これは私にとって、じつは想定内のことであり、「やっぱり来たな」「そう来なくっちゃー!」という思いであったのも確かなことだ。

 それにしても、本物を求める私達の冒険の旗印の筈だった木原和人はもうこの山には居ない。その頂を目指す登山道は一体とんな道なのだろう。見れば、あちこちに彼の足跡が・・。そしてそれは、どれもが私の目に眩しくて鮮やかなものだった。
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