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⑨二回目の写真展 (2)

 そうこうしている内に写真展「小さな四季の肖像PartⅡ」の初日がやって来た。
そして夕刻のレセプションの開始時間と相成った。
 会場はギャラリーで、四方の黒壁にぐるりと作品が飾られて、中央に簡易テーブル
が設けられ、その上に数種類洋食のオードブルがバイキングスタイルで並んでいる。
 予算は、上・中・並の中を選んで、中身は確かめていなかった。プロデュース力が
特別私に備わっている訳ではないし、どちらかというと、こういうのは、ハッキリ言
って間違いなく苦手である。ギャラリーの持つマニュアルに全て任せるのであった。
 有り難い序文を頂いて出版できた御礼の気持もあって、色々と訳が余り分からない
まま、とりあえず催してみようということだった。正直言って少し後悔していた。

 開始時刻の午後6時半近くになると、人がかなり集まっていて、会場が程よく賑わ
って、各人が手渡された飲み物を持ってあちこちで既に談笑している。
 見渡すと、あまり顔見知りは居らず、はがきを作った時に仕事をしたデザイナーや、
ペンタックスの時に紹介されて名刺交換した若手カメラマンや芸術家が何人か見て取
れる。そういえば、佐々木さんが紹介してくれる人物は、若手ばかりで、いつもロビ
ーで「食えてない話」で花が咲き、佐々木さんは、何時もすこぶる上機嫌なのだった。
 誰々さんは夜中にドカチンやってて偉いとか、誰々さんは奥さんの稼ぎが良いから
羨ましいとか、私には、全く面白くない話ばかりだ。もっと良い話は無いのかと。

「藤田さん、今日はBeeBooksの人達が大勢来てくれましたよ。お陰様でこの
企画は大盛況で、注文が殺到しているんです。今20巻ですが、今年中に50巻を
超えるでしょう。プロの方も居ますから、いろいろ写真談義でもして下さい」
 近付いて耳元でそう言ったのは光村印刷の飯島さんだった。
「そういえば、秋山先生がこちらに向かってるらしいです。間に合うといいですが」
「えっ?本当ですか?僕も招待状は出しましたが、失礼だったかなと心配してました」
「そんなことない。間に合うといいな。本当に」

 すると、ギャラリーの所長がマイクを持って近付いて来た。
「えー。本日は晴天なり。あーあー。皆様、本日はお忙しい中、写真家藤田稔先生の
写真展「小さな四季の肖像・PartⅡ」のレセプションにお越しいただきまして、
誠にありがとうございます。この度は光村印刷BeeBooksに参加の皆さんにも
掛け付けて頂いたこともあり、大変賑やかな場になりました。有り難うございます」
 そう言うと一斉にパチパチと大きな拍手が自然に起きた。
「BeeBooksといえば、ご存知のとおり、秋山庄太郎先生が発起人になってお
りまして、先生が藤田さんに無償で序文を提供されたということで、かつて無いこと
に私も大変驚いているしだいです」
 そこで数人から拍手が起きて、それが全体へと大きく広がった。
「じつは先生が本日ここに来られるとおっしゃいおられまして、今こちらに向かって
いるという状況らしいです」 
 するとどこからともなく「おおーっ!」という歓声が巻き起こり一斉にざわついた。
「あまり前置きが長くなっても何ですので、ここで藤田先生の簡単な挨拶をお願いし
たいと思います。先生のお話は、後でまたゆっくり聞くことにいたします」
「それでは、先生・・」
「分かりました」
ハンドマイクを手渡されると、否応無く緊張するが、思った程ではなくて驚いた。
「本日はお忙しいところ私のような者のこのような場にお越し頂いて本当に有り難う
ございます。今日は、写真を見て目の保養をして頂きながら、美味しいものを飲んだ
り食べたりして、どうかお楽しみ下さい。写真に対する質問とかも遠慮なくして下さい」

 そして、所長から祝辞の慣用句が発せられ、気恥ずかしいことこの上なかった。
「では、乾杯の音頭をとります。藤田稔先生の前途を祝しまして・・カンパーイッ!」
 私は、形式や儀式が大の苦手な性分なのだが、実際のところいま一つ地に足が着
いていないような私の立ち位置もあるせいか、気恥ずかしいことこの上なかった。

 乾杯が終わると、人々は一斉に散らばって、テーブルのオードブルを取ったりして、
あちこちで各人様々に談笑の輪が出来る。私もペンタックスや他のギャラリーに招かれ
たことが何回かあるが、思い出しても、それと何の遜色もない雰囲気である。
 問題は、集まった人物の内容だと思うのだが、政治力の無いギャラリーと、名が
知られていない新人写真家なのだから、それに関しては期待するべくもない。
 BeeBooksの同士が大勢来てくれて、何とか形になったみたいで有り難かった。
私が彼らに近付くと、写真の話に暇が無く、質問攻めの嵐となった。
「こういうのはどうやって撮るんでしょうか。さっぱり分からない」とか、してやっ
たりである。私は、「分かってたまるものか」と思いつつも、私の撮影の奥義を話し
みると、その技術の難しさに驚いて「私には撮れません」と言わせてしまった。
 技術もさることながら、問題なのは絵心と感性なので、こればかりは伝授できない。
やはり、私には、そもそもレッスンプロは向いていないようだ。それに、「先生」と
呼ばれるほど立派ではないし、収入も無い。先生など呼ばれても、全く嬉しくない。

「先生、ここらで一度お話しください。写真について・・是非!」
と言って、所長がまたマイクを持って来た。
 そして手際よく前に演台を拵えて、そこに私を呼び寄せた。
「皆様、ご注目ください。これから藤田先生に写真のお話をしていただきます」
 すると皆が一斉にこちらを向いて、会場が静かな教室のようになった。
 私は、まるで学校の教師になったように、生徒の顔が一人一人よく見て取れる。
 すると、一番奥の方に、一人の顔見知りの男が居るではないか。それは、俄かには
信じられない人物で、私は本当に我の目を疑った。いや、間違いない。それは、ペン
タックスギャラリー副所長の保坂氏に違いなかった。
何故、彼がこんな時間にこんな所に。今頃、ベンタックスでは佐藤氏のレセプション
もたけなわの時間の筈で、彼はその担当責任者であった筈。自分でも「どうしても行け
ない」と言っていた。それなのに何故・・。
 
 「皆様、ご注目ありがとうございます。それでは僕の写真のコンセプト、ライフワークについて、お話させていただきます。テーマは自然の美しさです。そして、それを写真で表現して追求することで、その意味、つまり、人が自然を美しいと感じて感動する意味を探ることです。何故なら、それは、もしかしたら、生きる意味、生きる歓びが何かを知ることに繋がるのではないだろうかと、僕は思うわけです・・」
 人前に立ってマイクの前で何かを話す事など、今まで一度も無かった私は、最初どうなることかと思ったが、この時、何故か言葉がスラスラと出てきて、上がることも無く、思いのたけを話し切れたことに、自分自身大いに驚いたものだ。
 人は、人に伝えたい事が有ると、言葉が自然に出てくるものだ、ということだろう。
初めてラブレターを書いた時、自分の中から思わぬ言葉が溢れ出したのを思い出す。
 
「藤田先生、素晴らしいお話でした。大変有り難うございました。それにしても、先生
お話がお上手ですね。御見それしました」
「いえいえ、そんなこと。皆さんが興味を持って頂いて、耳を傾けて頂いたからですよ」
すると、誰かが大きな拍手をして、それがパチパチと大きく広がった。
 
「どうだった?」
「完璧だったぞ。なかなか話上手いじゃないか。セリフ考えて来たのか」
「いや、特に何も。コンセプトを説明しようとしただけだよ。そしたらけっこう長い話
になっちゃった。自分でも驚いてるよ」
「それは面白い。それにしても、秋山庄太郎どーなってるんだよ」
「さあ、さっき、こっちに向かってると聞いたけど、そういえば遅いな・・」
 相棒の顔は、すっかりビールで赤くなり面白い顔になっているのだが、意識はいたっ
て正常である。彼はコップ一杯で直ぐに鼻や顔が赤くなる体質で、相手が気を許すの
だろうか、それが業界の裏話など色んな話を聞き出すのに大いに役立っているようだ。
「そういえば、ペンタックスの保坂さんが居たようなんだけど・・」
「ああ、来てるよ。さっき話したわ。・・あそこに居る」
「ほんとだ。なんでこっちに居るんだよ・・」
「ほんとだ。そういえば、おかしいな。おかしい。おかしい。これはおかしい」
「ちょっと挨拶して来るわ」
私は、そう言って隅の方で一人でいる彼に近付いた。

「保坂さん。来てくれたんですか。驚きましたよ。そっちの方は終わったんですか?」
「いやいや、あっちは佐々木に任せて抜けてきました。藤田さんの方が大事ですから」
「またまた御上手なことを。佐々木さんが来たいと言ってましたが、可哀そうでは?」
「佐々木も来ますよ。あいつ何やってんだ。遅いだろそれにしても。所長も遅いな」
「え?所長さんもこっちへ?」
「そうそう。行くと言ってたんだけど、おっそいなー」
「それは有り難いですけど、そんなに無理しなくても」
彼が私と余り話をしたくない様子が見て取れて、私はまた相棒の所へ戻るのだった。

「分かったぞ。保坂がここに居る訳が。秋山庄太郎だよ。秋山庄太郎が来るからだよ」
「そうだな。俺もそれだと思った。来るという情報があっちに入ったんだなきっと」
「それで、無視できなくなったということだ」
「確めに来たのかな。本当に来るか」
「そうかな。それなら後で分かるだろ。わざわざ無理に来なくても」
「そうだよな。」
「来たら一大事だから、とりあえず来たんだろ」
「やっぱり一大事なのかな。来るという事は」
「そりゃあやっぱりそうだと思うぞ。大地震が起こるくらいの」
「そうか。何だか来るような気がしなくなってきたな。現実的に」
「来なかったらガッカリだな」
「まあ、ちょっとな・・。だけど、元々そんなこと期待なんかしてなかったんだよな」
「狸親父だぞ、あれはやっぱり。見るからにそうだろ。それにしても、お前は面白いものに関わったもんだな。あははは。狸に化かされてるんじゃないのか。あはははははは」

 私は、その時、彼が大声で笑うのが不快ではなく、同じようにつられて笑った。狸親父とはよく言った。彼には優れて直感的な洞察力があり、犬が笑うようにして吼えるのが面白かったのだ。吼える先にあるものは「曖昧」にちがいなかった。

 「はははは、面白い。本当そうだったりしてな。そうなのかもしれん。ははは」
「来なかった時の保坂の顔を見てみたいな。あははは」
「それは面白い。来ても来なくても、どっちにしても面白いな、これは」

そう言っているうちに、佐々木さんと所長が会場にやって来た。
「藤田さん、遅くなってゴメン」
「どうもどうも、大変遅くなりまして」
「いえ、いえ、お忙しいところ恐縮です」

二人は、挨拶早々保坂氏の所へ行って何か話しているが、多分その論点は、
秋山庄太郎が来たかどうかについてであろう。
「え、来てないの?これから来るということなのか?」という感じに見える。
 三人揃ってキョロキョロしている。なんだか既に間抜けに見えてしょうがない。

そして、時間が経って、ついに、それは来なかった。
「先生、間に合わなかったみたいですね。大変残念です。申し訳ありません」
 光村印刷の飯島さんが、私の耳元でそう囁いた。
「いいえ、ちょっと期待しちゃいましたが、何だかホッとしましたよ。大丈夫です」
 と言いながらも、私はじつは落胆していた。しかし、ホッとしたのも本当だった。
 もし、本当に来られていたら、私の人生は、その瞬間に大きく変動していただろうし、
それが私にとって幸いなのか、必ずしもそうとは限らないと思ったからだ。少なくとも
それは私のペースではないと思った。しかし「なるようになれ」という覚悟もしていた。

 閉会の時間になって、来客が帰ると、残ったのは私と相棒と、それからペンタックスの三人トリオだけだった。三人は並んで椅子に座ったままで、身動きが出来ない様子で、気が抜けたように、ビールのコップを手に持ったまま、ただぼんやりと佇んでいた。
「今日は、お忙しい中有り難うございました。ペンタックスの方はいいんですか?」
「ああ、あっちは写真仲間が集まって賑やかにやってるから大丈夫でしょう」
所長が力なくそう言うと、意を決したようにやっと立ち上がり
「では、そろそろお暇します。今日はどうもご馳走様でした」
そう言って、揃って会場から静々と出て行く後姿は明らかに全身から力が抜けていた。相棒にはそれがとにかく間抜けに見えたようだが、私にはそう単純に笑ってはいられない何かがそこにはあった。

 そして、その後、そこに現れたのは、余りにも意外な人物だった。
 後片付けも進んで、二人がもう帰ろうとしていた時、背の高い大柄な男が、ガランとした会場にゆっくりとした足取りで入ってきて、壁の展示作品を一とおり見て回り、おもむろに私の前に来て挨拶をした。
「藤田さん。遅くなりました。いい写真ですね」
 屈託のない笑顔でそう言う男は、誰あろう、写真家の佐藤秀明その人だった。
 私は、彼が温厚で優しい人柄と知っていたが、そのとおりの物腰と表情だった。
「ありがとうございます・・佐藤さん・・」
そう言うと、彼は言葉を遮って、強く私の手を握り握手をしてきた。
「あの、佐藤さん・・どうも・・」
 何も言うなとばかりに、その握力は力を増して無言で上下に力強く振るのであった。
私も無言で握手を返して、その力に負けないようにと握り返すのだった。
「頑張ってください」
ただ一言そう言うと、手を離し、無言で御辞儀をして会場から静かに出て行った。

「なんだったのだろう」
 私は、その突然の出来事に驚いたまま、暫くの間立ちすくむのだった。
それにしても分からなかった。何があったのか。何故彼がその時来たのだろうか。
それが全く分からない。そして、今もその真意は不明のままだ。詮索もしていない。
 しかし、その時の彼の何とも言えない優しい笑顔と、それよりも増して手の圧力の
感触というものは、私の中に今も鮮明に残っている。
 それは、年季の入ったアウトドアマンの大人の大きくて分厚い掌だった。
 そして、そこには、確かに通じる何かが二人の間には有った。
 何故かその日の夜、私は木原和人が恋しくなり、無性に会いたくて堪らなくなった。
私は東京に来て木原和人とあんな握手をする筈だった。もっと強く、もっと確かな。
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