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小説・この空の青さは-2

「そうか、またあそこへ行くんだな」
 留年友達の康男が、そう言って、正門前で、並んで歩く真壱の足取りを止めた。
「ああっ」と屈託のない笑顔を見せて立ち止まる真壱。
「今日は水曜日だからな。それにしてもそろそろ進展あるんだろうな」      
「まあ自然の成り行きさ。自然さまさま、神様さまさまだ」
 明るく微笑んだままそう言い放つ真壱に、つられたように微笑んでしまう康男だったが、しかし、すぐに苦笑いになった。
「それにしても、面白い関係だなあ。おまえとあの子は」    
 すると、真壱はおどけたように大袈裟な身振りで、頭を縦に振って頷いてみせた。
「御免、御免、面白いって、つまり、興味深いっていうことで。ぜんぜん可笑しいってわけじゃなくって。つまり、その…言うなら、ある種のメルヘンって言うか、なんて言うか、いまどき無いって言うか、珍しいって言うか、いやいや、つまり、貴重って意味で。そうそう、希少価値って事で。…そういう意味で…楽しみだって訳で…。つまり…」   
 頷いたまま真壱が言い切った。
「いいんだいいんだ。ちょっと無い状況だからな。…特別さ」       
 変わらない彼の笑顔に康男は安心した。
「俺は応援してるんだぞ。冗談ぬきで。本物の恋愛ってのがどんなものか、見せつけられてる様な気がしてるんだ」
 そう言う康男の妙に真剣な顔を見て、同じように真顔になる真壱だが、しかし次の瞬間、突然プーッと噴き出してしまうのだった。
「悪い悪い。お前がそんなこと言うとはなあ。こりゃひとつ頑張んなくっちゃ。それに、メルヘンていうのは当ってるかもしれない。も-しかして、ひょっとして。」
「そうだそうだ。当ってる当ってる。そのとおり、そのとおり」
 ホッとしたように笑って康男がそう言うと、真壱の笑顔がいっそう晴れやかになった。
 しかしまた真顔になって康男が言った。
「だから頑張ってほしいんだお前には。それに先輩の仮説を覆したいからな」
「ああ、あれね。あの恋愛論。チョット悲観的すぎるけど、正解かもね。…日本的恋愛論…。ありうるありうる、はははは」
 と言って真壱は明るく笑った。
「頼りにしてるぜ。俺なんかもう悲惨だからな。せいぜい良いもの見せてくれよ」  
 そのままの笑顔で力強く頷く真壱につられて、また康男が笑顔に戻った。 
 二つの明るい笑顔の上には、初夏の青空が大きく大きく広がっていた。そして、また、一羽の鳶が、ゆっくりと大きく輪を描いた。

 『日本的恋愛論』ー『先輩』ーそれは何か。それは誰か。そのどちらもが、真壱にとってはカルチャーショックそのものだった。だいたい、恋愛論自体、特別に考えたことなど無かった彼だ。ましてや、『日本的』などとは。しかし、一度聞いて理解した。有り得ると。
 それは、一言で言えば「お互いが本気で好きかどうかをハッキリと確認し合わずに付き合う」というもので、なんとなく好きで気楽が一番、それが楽しく付き合う秘訣であって、ハッキリさせたら始まるものも始まらない、と言う。そんな事があるだろうか。そのキーワードは「曖昧」であり、それこそが「日本的」なるものの正体なのだとも。
 しかし、それはどうでもよかった。先輩の話は確かに興味深くて面白いものに違いなかったが、彼はそれほど意には解さなかった。「そういうこともあるだろさ」「しょせん本物は少ないものさ」「関係ないね」ということだ。
彼は基本的に理屈は嫌いであるが、理屈を超えた何か真理のようなものが世の中にはきっと在って、それが何かを知りたいと何時しか思うようになっていた。自然写真に没頭することでそれは自ずと芽生えたのかもしれない。そこにあるのは「自然の摂理」、知りたいのは「真実」であり、求めるのは「本物」だった。先輩の話もそういう意味で面白いのだった。
 あえて恋愛の意味を考えるとしたら、それは本物の相手と出会うことに違いない。たとえどんな恋愛論があったとしても関係ない。特別に必要もないさ。相手が本物であれば。それにしても、本物の相手とは何か、本当の恋愛とは何なのだろう・・。
 あの日あの時、彼女と感じ合った初めての恋のインスピレーション。それが何だったのか、本物ではなかったのか、それをハッキリさせる為に実は真壱は今そこに居た。あの時あの場所に置き去りにした忘れ物が今そこに・・。それは確かに日本的恋愛とは程遠い間逆のアプローチに違いなかった。曖昧なままとか、なんとなくで始まることなんて考えられない。第一そんなことが楽しいものか。そんなことで本物が見付かるものか、ということだ。そして、彼が確かめたいのは、二人の間にあの時たしかに通じ合ったインスピレーションが何だったのか、そこにある真実が何か、ということに他ならなかった。

 人には誰しもが生まれながらにして心の中にどうしようもない一つの空洞があり、人が異性を求め合うのはその空洞を満たそうとする精神的な本能の発露に他ならない。彼の漠然とした恋愛の概念は、言うならばそのようなものだった。学園での先輩や康夫との本物談義の中でそれは次第に具体的になり、明確になりつつあった。そしてそれは、恋愛の本当の意味の希求に他ならなかった。
  真壱が漠然ながら認識する自分の心の空洞は、時にイラスト的な映像で想い浮かんだ。よく有るハートマーク、ギザギザに欠けた片割れである。ただし、あくまでも柔らかく、かつ立体的で、その欠け方も複雑なものなのだった。多分、人それぞれに様々な形をしていて、隙間なくピッタリと合わさる相手こそが本物の相手だと思う。だけど柔らかいから柔軟性もあるさ。いつか自分に合った片割れが見つかるんだ。「何処かに居るさ」そう思えば、それまで幾日かかろうと淋しくもない。そして、心のその片隅に「君だったんだね」という言葉を彼は潜ませていた。そんな出会いの日が来ることが楽しみだった。そのときすべてが始まるんだ。すべてを許し合い、そして信じ合うんだ。それがあの子であるのかどうか、今はまだ判らない。しかし、見るたびに、それだけでそこが満たされるそうになる。きっと彼女も・・。
「自分の中では、じつはもうとっくにピッタリと来ちゃってるんだよね」と、つい先日の事そんな告白を康男になげてみた真壱だった。「じゃあ、そうなんじゃない」と、あまりにもあっさりと答えられ気が抜けたものだった。もしかしたら、それは本当に簡単なことなのかもしれない。

「またあそこへ行くんだな」
「ああっ」
 そして今、真壱の足どり、ただ一直線とある場所へとまっしぐらに向かっていた。

 初夏の日差しが今日はやけに明るくて、全てのものがなんだかキラキラ輝いてさえ見える。
「きっと今日は特別の日なんだ。そうだ、そうなるんだ。きっとそうだ」
 街路樹の緑、街角や花屋の花達、そればかりか、通り掛る全ての人達が、今日は確かにいつになく明るくて、特別の素顔を見せているようだ。 まるでミュージカルのステップを踏むように、真壱の足取りは軽やかだった。雑踏を掻き分けるようにしてどんどん進むそのフットワークはあくまでもスムースである。生なりの綿パンの裾とブラウンのデッキシューズのつま先の軽やかな躍動が自分の目にも鮮やかだった。確かに何かが真壱突き動かして、何かがそこへと引き寄せていた。
 
 バスと地下鉄を乗り継いで、真壱がその場所へ着いたのは、午後三時半丁度ころだった。星ヶ丘駅前。デパートの広場にベンチが並んでいて、その一つが彼の指定席だった。
「余裕、余裕」
 真壱は腕時計を見ながら、そう言ってドスンとその席におさまった。そして、すぐにショルダーバッグから、何やら一冊の本を取り出した。それは写真集であった。「木原和人作品集・光と風の季節」そう書かれたタイトルの表紙は、花の写真を活かした奇麗なものだが、その縁は擦り切れていて、少し古びれた様相を呈している。じつは彼のバッグには、まるで御守りのようにいつもこの本が入っているのだ。二年ほど前に購入して以来ずっとである。確かにそれは夢というお守りだった。自然写真家・木原和人。三十四歳の新進気鋭のその作家は「一匹狼」という異名をとるほどに個性が強く、作品と同時に、時々雑誌の対談のなか等でも、その独自の存在感を表わしていた。既存の写真家集団には所属せず、ひたすらオリジナリティーを追求する彼の姿勢がその異名のゆえんであった。そして、そのことが他でもない真壱の心を捕えていたのだ。間違いなく彼こそ真壱の憧れの人物だった。その写真集のページを捲る度に自然の清廉な風が吹き渡った。心が洗われ、自分自身が自然になれる様な、そんな爽やかな風だった。そして、今こそが、自然になるべきその時だった。
 写真集の醸し出す空気を吸い込むようにして、ひとつ大きな深呼吸をした後、真壱は丁寧にそれをバッグにしまいこんだ。そして、ゆっくりと或るひとつの方角に目を向けた。その眼差しはあくまでも真っ直ぐだった。まるで望遠レンズのそれのようだ。正確にはズームレンズといったところか。とにかく、その先にはひとつの風景があった。流れだ。人の流れ。焦点距離は十メートルほどだった。そしてそれは、まるで逆光に輝く川の水面を眩しく見つめるような眼差しだった。   
 右から左へと動いている人の流れ、それは他でもなく、女子大生の下校風景なのだった。上流には校舎が、下流には地下鉄の駅の降り口があった。水面の光の一つ一つが、それぞれにキラキラと輝きながら流れていく。
 真壱はひととき腕時計に目をやった。四時十分前だった。そして、おもむろにまた視線を戻したとき、一人の女子大生がその流れの中から突然飛び出してきた。そして、真壱をめがけて真っ直ぐに近づいてきた。一瞬だれだか分からなくて真壱は戸惑った。というよりは、心底驚いたのが実際だった。だが、すぐに安堵した。その視線は自分とは微妙にも確実にそれていて、まったくの赤の他人のそれだったのだ。
「ゴメンナサーイ。遅くなっちゃってー。待ったかしらー」
 今風の身なりのちょっと美形のその女子大生は、大きな声でそう言って、真壱の正面ちかくで足を止めた。本当に見知らぬ顔だった。すると、後ろの方から一人の背の高い男が現れて、真壱の前に進み出た。真壱のすぐ側には備え付けの灰皿があった。男は慣れた仕草でそこにタバコの火をもみ消して、女に近づいた。これまた今風の身なりの学生だった。「待ったもいいとこだよ。十分早くきたから余計じゃん」
 男は不機嫌な表情をあらわに、そう言って立ち止まった。真壱の目前での対面だった。
「ゴメーン。ほんとゴメーン」女は両手を合わせて見るからに可愛い表情でそう言った。すると男は一転して笑顔を作り   
「ウソッ。本当は今来たとこ。俺のほうが遅刻だと思った。…なーんちゃって」
 と言っておどけて見せた。   
「ナーンチャッテは余分よっ」
 女はそう言うと、暫くツンとすましてみせたが、すぐに満面の笑顔になった。そして二人は和やかに微笑み合うのだった。
「・・・・」
 それとはなく見ていた真壱だったが、無言のままつられたように微笑んでいた。同年代の学生同士とはいえ、見るからにも自分に比べて随分と大人びている。しかし、微笑ましい情景である。羨ましいとさえ思った。だが、次の瞬間、彼は表情を失った。
「かわいいやつだ」
 男はつかつかと女に近寄ると、そう言って頭を撫で回し、耳元に何か囁いたと思ったら、そのままでおもむろに彼女の頬にキスをした。そして、すぐにそれは唇に移り、女もそれを受け入れた。女の顔が馬鹿になったように見えた。まるで人形劇の舞台の一場面を見るようだった。いや、もしかしたら見せ付けられているのかもしれない。真壱の目にそれは決して自然なものには映らなかった。
そういえば、先輩の言う日本的なるものの正体として表される概念としてもう一つ「他律」と言う言葉があった。自律の反意語であるところの他律ということであるが、「読んで字の如し!」と言うだけで詳しく教えてくれないので困ったものだ。しかし、恋愛とそれにどんな関係があるかについて、面白い話があったのを想い出す。それは曖昧な関係のまま付き合う恋愛の奥義とでもいうもので、世間に二人の親密な関係を晒すことでそれを補うというものだ。「曖昧」と「他律」は切り離せない重大な日本的要素なのらしい。空気を読んだり他人の目を気にする日本人気質は有名であるが、恋愛においてはたしてそんな話があるものだろうか。
先輩には未だ色々と詳しい話を聞く必要があるようだ。まるでノンポリ学生だったの二人は留年した事で何か我に返ったところがあって、恋愛論から始まったその悲観的な文化論の数々がそれぞれ新鮮に響くのであった。二人の無邪気な本物談義の謎解きに先輩の話はどうやら欠かせないようだ。そもそも日本的とは・・。かつて想ってもいなかったそれは大きなクエスチョンマークが二人の頭に点灯していた。

「・・・・」
 目を背ける暇もなく、真壱は目前の出来事に唖然となった。二人の口元がアップになって目に焼き付いたほどだ。だがその時、どこからともなく「ちがうっ」という声が真壱の頭に響きわたった。それは本当にどこからともなく。
 男は女の肩を抱き寄せて、まるで何処かへ連れ去る様に人混みの中へと消えて行った。女は最初と違って随分と貧弱に見えた。
「・・・・」
 真壱の表情は暫くの間消えたままだった。二人の姿を目で追おうともせず、固まっていた。なにか、間違えて悪い映画でも見たような、そんな気分になっていた。一瞬でも羨ましいと思った自分を後悔していた。
 それにしても、「ちがう」という声はどこから来たのか。はっきりとは分からなかった。だが、それは確かに声だった。それは、まさしく生理的なものであり、また同時に、本能的なものだった。いうならば、それこそは真壱の心の底にある本能の叫びだったのであろう。恋愛に何を求めるか、何を指して恋愛というか。そして、幸福の意味さえも、彼はその答を捜していたのだ。
 なにが正論かということとは無関係に、人にはとりあえずそれぞれの価値観がある。しかしだとしても、その叫びのような声は、とにかく目の前で見せつけられた、自分とは違った価値観とのギャップが生んだ、摩擦音には違いなかった。二十二歳で未経験を恥じる者もいるだろうが、真壱はそうではなかった。本物の相手と巡り合うまでは当然のことだった。本物かどうか、それを知るのが恋愛と信じていたのだ。それを知ったとき、すべてが始まる。それでいいのだと。 
 真壱は、まるで水で顔を洗うように、両手を顔面に擦りつけたあと、目を閉じたまま、一つ大きな深呼吸をした。そして目を見開いたとき、われにかえった。腕時計を見ると、針は四時ちょうどを指そうとしていた。思い出したように、慌ててさきほどの流れる風景に目をやった。
「やばい」と思った。
 急に心臓の鼓動が高鳴りはじめた。ドクンドクドクンという音がまるで耳に鳴るようだ。それとは逆に、周りの全ての音が聞こえなくなった。そして流れがまるでローモーションになった。水面の光が輝きを増し眩しくなった。 
 それは時計の針がちょうど四時を指した、まさにその時だった。その風景のいちばん端に彼女は現れた。独りだ。肩ほどの黒髪が風に揺れ、白いブラウスがまさしく輝いているようだ。彼女は美しかった。しかし、美人という意味ではない。それは、いうならば、野の花に似た美しさだった。自然が美しいと同じ意味のそれだった。真壱が重ねたのは野菊の花だが、時にスズラン、そしてカタクリの花だった。野花はけっして華やかではいが、雨に負けない強さと、何者にも混ざらない気高さを持っている。そんな野の花を知る彼は、彼女の魅力の本質をすでに理解しているのかもしれない。
「来たーっ」
 真壱は心のなかで大声でそう叫んだ。その時彼の眼は、ズームレンズのように素早く彼女の横顔をアップで捉えて、暫くはまるでうっとりと見とれてしまった。そして中央付近に彼女が差しかかったその時だった。
 おもむろに彼女がこちらを向いたのだ。そしてアップの彼の視線と交わった。突然、直球が真中に向かって飛び込んできたかのようだ。それを彼は反射的に受け止めた。しかし驚いて、一瞬慌ててズームを引き戻す彼だった。あまりにものアップで腰を抜かすほどだったのだ。だが、彼女は、特に驚く様子もなく、ゆっくりとすぐに前を向き直し、そのまま歩みを進めるのだった。まるでスローモーションで流れて行く彼女。まるで時間が止まったように、それを術なく見送る真壱。しかし、彼女のその横顔は、少しうつむきぎみに、どこかはにかみ、或る種の幸福感を噛み締めている様子であった。少なくも彼にはそう見えた。
「・・・・」
 暫くポーッとしたままの真壱だった。しかし、確かにその時の彼女の様子をしっかりと読み取っていた。そして、意を決して立ち上がろうとした。だが、その動作そのものが、なぜかスローモーションそのものなのだった。
 彼女はすでに彼の視野のフレームからは消えていて、どうやら、地下鉄の下り口の方へ流れて行ってしまったようだ。
 すると、消えていた周りの全ての音が突然騒がしいほどに戻ってきた。
 全ての流れが以前よりもずっと速く感じるのはなぜか。大勢の女子大生が後から後から流れて行く。なにはともあれ、いま真壱は、最小限の或る種の確信をもって立ち上がった。そして、急いでその流れに飛び込んだ。
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