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⑰四季象彩

 私は、この山の登頂を志したときからずっと、アマチュアとプロを問わず、そこにはどんな作品が存在していて、自分が目指している作品の価値がそれに比べて如何なるものかということを、出来る限り客観的な目をもって常に考えてきた。
 そして、いつも視線は遠いところにあって、それはステップの足元を見外さないためであるにちがいなかった。足場を踏みしめる毎に目標の理想は高くなり、何を見ても飽き足らないようになった。
 自分の作品に対してもそれは同じで、「まだだまだだ」「もっともっと」という様に次第に厳しくなって行く。そして、何時しかその標高が分からなくなった。
 作品の価値といっても、それにはジャンルなどの違いもあって、一概には比べることができないのであるが、私の写真のジャンルは、もしかしたら全く新しいものであったのかもしれない、「絵としての価値」・・やはりそれが私の作品の最初からの一貫したコンセプトに他ならなかった。
 毎月書店に並ぶカメラ雑誌には、その時代時代の代表作が何時もその口絵を飾り、一目でその情勢を覗うことができる。そしてジャンルを大別すると、それは「ドキュメンタリー」と「そうではないもの」に二分することができる。他には「広告写真」というジャンルもあるが、それはスタジオ写真という一部のプロカメラマン向けに特化された雑誌に集約されていて、これは別のフィールドの情報に違いなかった。写真界という山脈のそれは一つの山であることは確かだろうが。

 毎月20日がそれらの発売日なので、その日には必ず書店に出向き、真っ先にそのコーナーでそれを手にする。そして口絵を飾る作品が否応なく先ず目にとまる。各誌にはそれぞれ傾向(シニア向け・ジュニア向け・ドキュメント重視など)があるが、どれもが季節に応じた自然写真をトップに載せることは共通している。
 それらの雑誌の読者層はカメラを趣味とするアマチュアカメラマンに限られている。したがって彼等が撮る自然風景写真が自ずとその中心になる。 それぞれ一斉に春には桜、秋には紅葉の特集ということになる。何にしても其処は第一線の写真家の新作発表の場に違いななく、私達はその発表を何時も心待ちにしていたものである。カメラ雑誌には、日進月歩である新しいカメラ機材類の情報が載っているのだが、それは後回しであった。私の場合、道具など二の次で、そんなものはどうでもいいという調子でさえあった。
 私達は、そこで木原和人を知って、前田真三を知ったのであるが、それ以外の作品に心を捕らわれることは二人とも遂に無かった。そして、それが自分達の目指す所となって、いつしか、追い着き、追い越そうとするにまでなった。
 私達は、彼等の作品にも次第に物足りなさを感じ、写真集を含めて新作に触れても刺激を感じなくなって行った。

「なんだか眠たくなってきた・・」
「ああ、俺もだよ。・・眠い。眠い。だめだこりゃ。なんだろなこれ・・」

 ある日の書店の写真集のコーナーで、私と相棒は全く同じようにして白昼に立ったまま、えもいわれぬ睡魔に襲われことがある。その日は前田真三をはじめとする複数の風景作家の新しい写真集が揃って出ていて、その全てのページをじっくりと目を通している最中のことである。それらの新作は、二人が期待した刺激に反して睡魔を何故か自然に呼び起こしたのである。私達の求める美意識への刺激はそのとき既に、もはや何処にも無いということだったのだ。
 そして、毎月の恒例行事であるカメラ雑誌の立ち読みに要する時間も、二人とも同じように次第に短くなって行くのであった。

「なんだよ。速いな。ちょっと待てよ。そりゃあんまりだろおまえ」
「見るまでもないってことだよ」
「なるほど・・負けたわ」

 ある年ある月の20日の日に書店に二人で寄ったとき、相棒のカメラ誌を捲る速さに驚かされた私であった。数冊を次々に手に取り、片手でページをブンッという勢いで捲って、最後に「はい終わり」と言うのであった。超能力者の比ではない。以前、同じように書店において、私のその速さに驚いた彼のそれは逆襲であったのだ。しかし、後日彼が改めて書店を訪れたかどうかは定かではない。

 ジャンルとしての「ドキュメンタリー写真」とは別の「そうではない写真」には一体どんなコンセプトがあるのだろうか。 風景写真であれば観光関係、野鳥や動物、花や植物の写真は図鑑関係というように、それぞれ需要はそこにあるのだが、どちらかと言えばそれらは全てドキュメントの類である。
 木原和人は、それらとは一線を画した「自然写真」という言葉を作って新しいジャンルを打ち上げた。そして自らを「自然写真家」と称し、名刺に刻んだ。そして、既存の植物写真家たちに「キレイキレイ写真」と揶揄されて仲間外れにされた。
 それは彼の写真のコンセプトを上手く表した言葉に違いないのだが、決して誉めたり認めたりするものではないのは明らかである。
 「写真は光で描く絵だ」とf図らずも雑誌で言った彼の言葉は鮮烈で、そのコンセプトは明確である。それは、やはり「写真に絵としての価値を求める」ということに違いない。そして、それは今まで誰も公言しなかった新しい写真のジャンルの具現化に違いなかった。
 しかし、カメラ雑誌の口絵を飾るドキュメンタリーではない季節の自然風景や花の写真には、じつは暗黙にその要素が求められているのではないだろうか。季節や自然美を素直に捉えた写真にしても、偶然に捉えられた珍しい自然現象の写真にしても、見て飽きない優れた写真には、絵としての価値がそこに備わっていてるのが実際なのである。意図的ではないとしても、そのコンセプトが明確ではなく曖昧なままであるために、そのジャンルの発展、とりわけ真に優れた作家の発掘と育成が侭ならないのではないか。
 「曖昧」が齎す災厄は、本質や真実の喪失と、それによる法則やシステムの形骸化、既成概念や既得権益の腐敗であるのが世の常である。
 ただしこの場合、それは「腐敗」ではなく「未成熟」ということであり、未熟のまま腐敗する奇妙な果実がそこにあると言わざるをえない。
 
 学生時代にアマチュアクラブ等で聞いた言葉に「サロン調」という 概念があり、前田真三の作品がその筆頭となっていた。サロン等の壁に額装して飾るに相応しい風景や花の写真を指した言葉であった。
 しかし、その言葉は何故か一向に定着せずに、そのコンセプトは曖昧なものになった。写真でのオリジナリティの創出と、絵画等に肩を並べて鑑賞に堪える美術品としての価値付けの難易度がその原因であると思われる。
 そういえば、前田真三はその昔、額装した自らの写真をホテルや飲食店にレンタルする事業を起こして失敗した経歴がある。彼は「絵としての写真」を作ってそのジャンルの可能性を独自独断で試みていたのではないか。
 彼はその可能性にいち早く気付き、資力にものを言わせて「丹渓」を立ち上げた。一流商社マンの地位をかなぐり捨ててまで挑む新事業の挑戦には、それだけの価値が確かに有ったのだと思う。
 しかし、サロンに写真を飾る習慣がない日本では、美術業界にも目が留まることがなく、彼をもってしても儚く挫折する運命となった。しそかし、その後、間もなくディスカバリージャパンのブームで日本に風景写真ブームが巻き起こり、精力的に撮影しまくって出版を重ねていた彼の大型写真集が功を奏して、その写真原稿が広告や雑誌に引っ張りだことなり、彼は成功の道を単独で歩むことにるのであった。そしてそれはそままま日本独自の企業カレンダーのマーケットへと移行して大成功を果たすのであった。
 その成功の理由は、彼の風景写真には、それまでの観光写真に無かった新しいコンセプトが確かなものとして有ったからに違いなく、それこそは彼が挑んだ「サロン調」つまり「絵としての写真」に違いないのだ。
 私は学生時代にそれを目にして、美意識に目覚め、ビジネスモデルとして彼に憧れたのであるが、しかしやはり、私の視線は、前田真三の作品よりももっと先を捉えようとしていたのが実際だった。そして、彼には「サロン調」というジャンルを確立し、その写真を美術界に参入させる事を成し遂げて欲しかった。
 また、そういえば、フジフィルムが当時「フォトインテリア」という商品開発をして全国展開し、美術品としての写真の普及に取り組んだことがあるが、結果まったく売れずに失敗している。前田真三をはじめ当時の名だたる代表作家の作品をもってしての惨敗であった。
 それは、写真における 「絵としての価値」が世間に認めなれなかったことに違いないのだが、私が考えるその一番の原因は、その作品の選別であり、そのコンセプトの曖昧性に他ならない。如何に一流で有名作家の自信作といえど、そのコンセプトに照らして見れば優れた作品は決して多くなく、絵画や版画の世界に挑むのは到底無理な話であったのだ。
 それにしても、その時の彼らには決して諦めて欲しくなかったのも私の確かな感情であり、何時かまた是非挑んで欲しいと思ったものだ。写真には、絵画等にはない独自の価値が確かに付属しており、それらを凌駕する力が潜在しているとさえ思うのであった。
 ドキュメンタリーではない、デザイン素材ではない写真。絵画や版画のように美術品としてサロンの壁に額装して飾られて鑑賞に堪える写真とは何か・・。そんな自然写真を目指して私はこの山を登り始めたのであるが、「これが私が目指した写真です」と公言できる日まで、私はまるで前田真三のように全てをかなぐり捨てて、それなりの私財を投じひたすら作品作りに没頭して来た。
 そして、その作品が完成したと言える日が来たとして区切を付ける為に開催したのが、この「四季象彩」の写真展であった。
 私は、解説ボードにそのコンセプトを示して、各作品にもメッセージをキャプションと共に記し、その文章よりも饒舌である作品を選りすぐって展示した。そして、その写真展つまり作品に対する万人の建前ではない純粋な反応を静観することにした。 
 成り行きではあるが、その時の私は、決して道は外れず一定の評価と実績を残していたとはいえ、何処の集団にも所属しておらず、業界の人間関係も特別に親密なものは特に構築していなかったので、それが容易にできる環境にあった。そして、もしかしたら私の冒険の本当の行き先がこれで判るのかもしれないと思うのだった。
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写真集「四季の肖像」の作者です。
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