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26 山の亡霊

「どうもどうも、散らかってますが、こちらへどうぞ。汚くてどうも・・」 
「いえいえ、そんなことないですよ。ここは先生の仕事場なんですか?」
「まあそんなとこだね。とにかくここへ座りなさい」

 MIXAの社長から紹介されたその写真家は思ったよりも年配だった。私よりも一回りくらい上だと聞いていたので、ちょうど木原和人と重なるものがあり、そのギャップに少し驚いた。しかし、思えば私の中の木原は40のままだった。あれから何年が経ったのだろう。何故か正しい年月の感覚がない。そういえば、私もとっくにその年齢を越していた。ほぼ同年の社長も私と同じく童顔なので余計に彼が老けて見えたのかもしれない。男はがさつな手で急須から注いだ緑茶の湯呑をゴツンと置いた。

 「沼津のインターを降りたら連絡して」と言われ、分かり難い道案内の末やっと辿り着いたその家は田舎の大きな一戸建てだった。なんだかすっかり迷子になったような気分だ。「ここは何処で、彼は何者、俺は何をしに来たのだろうか・・」
 家の横にプレハブ増築したような建物があり、そこが写真家の事務所ということのようだ。独りで振舞う彼に対して「家族は居るのか」と思ったが、「そんな事はどうでもいい」と直ぐに思い留めた。いつもの流儀だ。
 
 部屋の中央の大きな木製のテーブルに着く前に名刺を渡すと、「君の事は社長から聞いてるよ」と言いながら書棚から一冊の写真集を取り出して私の前にポンと投げ出した。名刺代わりということだろうか。その無愛想でぶっきら棒な振舞に少し戸惑うも、何故か親近感が沸いた。人間関係に無造作な男を私は嫌いではないからだ。自分がそうだとは言わないが、不器用な男に対する理解には人一倍の自信がある。
 それは写真集ではなく、撮影地ガイドのムック本だが、一人の写真家の写真で構成されていて、近年の彼の代表作のようだ。そして驚いたのは、その本には見覚えがあり、じつは私の書棚にはそれが既に所蔵されているのであった。撮影地の情報源の一つで、それは秋の信州の特集だった。写真には特別な感慨はなく、したがって写真家の名前も覚えてないままだった。どうやら彼はこの手の写真界の大御所であるに違いない。とにかく写真技術には相当に年季が入っている。フォトライブラリーにも随分提供していることだろう。「それにしても、遥々私を此処に呼ぶ目的は何か」「私の何を知っているのか」「私にどんな話があるのか・・」
 
「この本は先生の作品集みたいなものですね」
「まあ、そうだけど、あなたのような写真集とはちがう。長年こういうの専門でやってるんだよ」
「僕の写真集を知ってるんですか」
「知ってるともさ。なかなか良い写真を撮るじゃない。羨ましいよ」
「いえいえ、未だ未だ未完成です」
「ほー、未完成・・。よく言うね」
「未だ二冊しか出ていませんし。先生は沢山出されていますよね」
「数なら負けてないからな。ははは」

 その時出ていた写真集「四季の肖像」が未完成だという私の意識は本当だった。写真展「四季象彩」の作品こそが私の目指す写真の完成形に相違なく、そのタイトルと同じ題の写真集の出版を密かに待ち望む私だったが、自費を投じないと出ない出版界の情勢がその夢を拒むのだった。グラフィック社にしても「四季の肖像」がそうではない最後のケースなのだった。数十万の原稿料を頂いたのが事実なのだが、誰もそれを信じない。「出したに違いない」ということになっているようだ。面識が無いのに「良い物が出来る」と言って出版してくれたその時の編集長は私の理解者で、いうならば、裏表なく本質を見るそれは本物の類いに違いない。しかし、年配のため直ぐに定年退職となり、社との縁もそれっきりになってしまった。もしかしたら、それはこの国の「良い時代」の終焉の象徴だったのかもしれない。それにしても、本物とは、なんと不確かな存在なのか。まるで知らぬ間に消えて行く絶滅危惧種のようだ。

「年季入ってますね。先生は作品の数も膨大にあるんでしょうね」
「質より量なんだよ、この世界は。貴方の世界とは違うかもしれんがね」

  まさかと思うが 、もしかしたらこの人は私に嫉妬心でも抱いているのだろうか。 成功も失敗も戯れも、MIXAの社長に話した一風変わった私の経歴をこの人は全て聞いていて、どんな印象を持ったというのか。私の理解者とは違うのか。
 そういえば私に一度も笑顔を見せないその無愛想な中年男は、そのままの仏頂面でいきなり本題を切り出した。

「君は今、仕事が欲しいんだろ。・・手伝ってほしい事があるんだよ実は」
「はあ、何でしょう。僕に出来る事なら、それはもう・・」
 
 社長からの情報では、その人は各所に色んなネットワークを持っていて写真のブローカーのような事もやっているという。然るに私は、以前出合って写真を大量に買い取ってもらった写真素材のブローカーの事を想い出していた。またそんな話があるのかもしれないと思い、撮り貯めてあった素材写真を沢山鞄に詰め込んでいたが、しかし遂にその出る幕はなく、話も意外なものだった。

「じつはMIXAの新しいシリーズの企画があってね、それは日本各県ごとに纏める風景素材集なんだ。・・都道府県すべてを網羅するのに苦労しててね・・。全国各地に知合いのカメラマンが居るんだけど・・。君に新潟を頼みたいんだ」
「新潟・・ですか。・・ブナの新緑や岩ユリの花なんかを撮りに行った事はありますが、あまり詳しくないですね。信州なら得意なんですが・・」
「信州は間に合ってる。新潟の街や自然の名所を撮り下ろしして欲しいんだ。君、出来るだろ。ワンシーズンでいいから100点。今から押えるポイントを打合せしよう」
「ちょっと待って下さい。今日はそういう話だったんですか。そんな話は社長から聞いていませんし、何か急すぎて・・新潟とかも」
「そうか、社長は何も言ってないんだね」
「はい、私に会いたいという写真家が居るから会うように・・と」
「なるほど・・。じゃあ、私が話さないとね」
「・・・?」
「じつは、MIXAの企画と写真の手配はこれから全て私が担うことになってるんだよ。私はMIXAの顧問ということだ」
「へえ、そうだったんですか。社長はなんでそれを僕に話さないんだろ・・」
「分からんが、とにかく彼は今、大変なんだ」
「・・・?」
「会社が独立採算になって、このまえ初めて銀行から大きな融資を受けてね。増資ということで。つまり借金。若いからちょっとビビってるんだよな、彼・・」

 本社の部門から独立して社長になった彼は、当初、思えば少し不安げだったが、それよりも増して晴れ晴れしい新会社設立の気概に満ち溢れていて、「頑張りましょう」と強い握手を交わした私であった。あれから何年かが経ち、MIXAは素材集のトップメーカーとして不動の地位を確立していたが、不景気が続き、その台所は優雅ではない事は想像に難くなかった。
 「今はこれだけしか出せませんが、マーケットが拡大すれば、もっと・・」「そうなれば僕だってもっと・・」社長と最初に交わしたそんな話が懐かしくよみがえる。
 それにしても、この顧問を名乗る写真家は、どうやって社長に取り込んだのだろう。少なくとも、経営にはノータッチの私とは訳がちがうようだ。社長の弱みに付け込んで上手いこと入り込んだということなのか。何にしても、彼が終始高圧的で上から目線である理由がこれで解った。彼は不器用な男でもないうようだ。おまけに不気味な敵愾心さえ覗えるのは何なのか・・。その理由も直ぐに解ることになる。

「新潟、頼めるね」
「ギャランティは決まってるんですか?」
「決まってるよそれは。君はもう何本もこなしてるだろう。それと同じだ」
「そうなんですか。あまり嬉しい話じゃないですね」
「交通費や撮影費は込みだから、ささっと撮り下ろしてしまえばいい。慣れてるだろ」
「じつは、もう、そういう撮り方は、どうも・・」
「君がダントツで一番多いんだよね。素材集。今さら何を言ってるんだか」
「あの撮り下しの仕事は一度に何本か頂いてはじめてプロとして喜べるものになるんです。それは社長の意向でもあって・・」
「社長は君の要望に応えるのに苦労してるようだけどね」
「え?何の話ですか?」
「ギャラの支払にしても無理な要求をしてるらしいね・・」

 そういえば、その話には思い当たるものがある。以前、社長に撮影費の分だけでも前に頂けないか尋ねたところ断られた時の話だ。ギャラの不満は一度も話してはいない。通常ならそのギャラは仕事を終えて提出した翌々月の支払のところを提出した当月の支払にしてもらっていたのであるが、、それ自体がそそも無理な要求だったという事なのだろうか。契約書にも明記され問題ない筈だ。そうだとしたら相互理解は成立していなかったことになり、ボタンの掛け違いがその時あったことになる。世間でよくあるトラブルの原因だ。本音と建前、曖昧の災厄である。そがれ今になって不満として露出したのだうが、だとしたら、私は社長に幻滅を禁じえない。しかし、それを問題視するのは社長ではなくこの顧問の男なのではないか。この人は私を追い出したいのかもしれない。それを知った社長は何を思ったのだろうか。
 
「何にしても、潤沢な撮影費をもって質の高い仕事をしたいんですよ。いい素材集を作りたいんです。たとえ新潟の仕事をするにしても」
「君はこの話を断わるのかね?」
「いえ、そうは言ってません。今日は何かと急な話なので戸惑ってるんです。少し考えさせて下さい」
「時間ないよ。日本の全国各地に仕事が欲しいカメラマンがいっぱい居るんだよ。皆いい腕を持っているのに喰えてないんだっ。君のように悠長な事を言うやつなんか一人も居ないね」
「僕に余裕なんてありませんよ。ちょっと誤解されていますね、僕はどうやら。そのカメラマンって何なんですか?セミプロですか?いったい何人いるんでしょう。プロとして苦労してるのは僕の方ですよ。アマチュアや道楽者じゃないんです。プロとアマチュアの境界線を曖昧にしてるのは誰なんでしょうかね」
「君は何かと理屈っぽいんだなやっぱり。社長が言ってたとおりだ」
「社長はそんな僕を面白がって、つまり、理解してくれているんだと思うんですが」
「それは都合のいい解釈ですね」
「どうやら貴方は僕の本物の相手じゃないようですね。がっかりしました」
「ははは、笑わせてくれるね、君はやっばり」
「面白い話ですよ。確かにこれは」
「・・とにかく、今週一杯考えて返事をくれたまえ。新潟、新潟」
「それにしも新潟だけなんですか?佐渡島へ行くのも大変ですよ」
「他はいいんだ。やりたいカメラマンが沢山いるから」
「地方のアマチュアならそれは嬉しい話でしょうね。たとえ一つでも大喜びですよ」
「・・・・」
 
 私は、この人物に対して写真界に存在する問題をこの際この場で討論してやろようかと思ったが、どうやら相手が違うようだった。男は無言で場を離れ、落ち着いた様子を見せて私に背を向けた。

「やりたくないならいい。社長に報告しておくよ」
「だから、考えさせて下さいと。有り難い話だと思えるかもしれません。社長とも話したいと思いますし」
「写真の企画の話はもう私に任され・」
「はい解りました。とにかく考えますから。来週明けに回答しますから、そのとき宜しくお願いします」

 私が MIXAの社長に電話で相談をする前に、その顧問の写真家は先に連絡を入れていた。話によると、私が「やりたくない」と言ったことになっていて、もうそういう安い仕事には興味が無いということだ。

「断わってませんし、それよりも、これからの企画の話は彼を通すようにとか、顧問だとか、訳が分らないんですが」
「その話は本当です。これからはそういう形にしてください。事情が変わりまして・・」
「僕はこれまでMIXAに随分お世話になって、写真を提供したり色々仕事を頂いたりしましたが、それは社長と共感し合う事があってのものでした。カレンダー市場が無くなって困った時に助けてもらった形です。・・でも、少し長居をし過ぎたようですね」
「・・・・」
「どうやら僕の居場所はここにはもう無い感じがしまして。彼が言う喰えない写真家の一員になるのは嫌ですし、彼は僕の理解者でもなんでもなくて、むしろ・・」

  社長は、まるでそれが想定内だったような感じで私の話を静かに聞いていた。作家性を殺して素材写真の仕事をこなす私に対して、その条件面の改善も捗らず、どこか心苦しさを感じていたのは分かっていたが、蜜月関係の潮時の訪れを予感していたのかもしれない。そしてそれは私も同様であった。この顧問の出現によってそれが現実となったのであろう。
 
「今迄のような御付合いはもうできないようですね。あの写真家の下では僕は仕事できないです。残念ですが新潟の話は請けられません。誰かに仕事をあげて下さい」
「わかりました。でも、今仕事が欲しいんじゃないですか?」
「欲しいですよ。べつに悪い仕事とは思っていません。ただ、何で新潟?とか、それに、この先あの写真家と上手くやって行く自信がない。それに、じつは、カレンダーの市場が最近また復活の兆しが見えていて、そっちの方に僕の視線が・・」
「へえ、そうなんですか。それは良かった。それが貴方の本業でしたね、そういえば」
「それが本当の話なら、やっぱりそっちの方に力を入れたいのが本音なんです」
「解りますよ。貴方の本来の才能やあの写真が宝の持ち腐れじゃ可哀想ですから」
「有難うございます。社長はやっぱり僕の理解者なんですね」
「ははは」

 社長の屈託のない笑顔が受話器越しに浮かんで消えた。私の心はそれでほぐれて、見れば、何時の間にか広がった曇り空から一片の青空が顔を覗かせていた。
 新潟の仕事は断わることにして、今後の付き合い方について後日メールで解答し、そこで私はMIXAを卒業することにした。しかし、社長は、「そんなにハッキリとした事にしなくても・・」「貴方との仕事は顧問じゃなくて私が直接・・」などと返信があったが、曖昧嫌いの私の性分は尋常ではなく蘇り、それはハッキリとした事にした。そして、社長から「貴方の本来のフィールドで是非がんばって下さい。幸運を祈ります」という最後のメールが届き、その時、ひとしおの感慨をもって私は想わず空を仰いだ。

 それにしても、あの写真家は何だったのか・・。天変地異で崩れたこの山の犠牲者の亡霊、それとも、長いあいだ喰えないままもがく無数の山人達の生き霊、その権化・・。何にしても、私の青空を覆い隠す灰色の厚い雲であることに違いはない。
 その日、図らずも再び顔を覗かせたあの小さな一切れの青空に、また夢を託すことにしよう。本物は居ないと思え。己の中にこそ求めよう。鬼の首もまだだ。私の冒険心と写真家と楽天家としての若い才能はまだまだ健在であった。
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