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27 ポニー峡谷の対決

「やはりいいですね。このレベルでリストの山野草が揃ったら画期的なDVDが出来ますよ。是非うちでやらせて下さい」
 
 その大手映像制作会社の担当チーフディレクターは、初対面の私に対して、名刺交換の挨拶をして席に座るやいきなりそう言った。人懐っこい笑みを浮かべながらもそれは真顔に違いなかった。彼は私よりも若く、ラフな服装が社風を表している。明らかにこれまでとは違う独特な業界の雰囲気が漂っている。
 事前に送付してあった山野草の動画作品のサンプルと企画書を見てのそれは正式な回答なのだった。風景よりも花の作品に目が留まり話が進んだ。
 この人がどんな性格でどんな人格なのか、逆に私はどう見られているのか、そんなことはどうでもいい。作品が取り持つ縁が全てという私のビジネスライクは相変わらずだが、その頃の私はその点すこし気後れが否めなかった。
 人間関係の機微に物を言わせない作品を作るのが私の写真家としての信条で、そのとおりの営業にちがいないのだが・・。

 メールで知らせた私のホームページによってその経歴とポートフォリオに目を通しているとはいえ、それにしてもなんと決断の速い対応なのか。これが景気の良い会社の勢いというものか、と驚いたものだ。もしかしたら欧米的か?・・と。
 そのラウンジの幾つかの他のテーブルで同じように明るく商談をする光景が見える。タレントと思しき少女が傍を行き来して、此処が映像業界の第一線だということを思い知らされる。
映像や媒体のジャンルは色々あるので一概にはいえないが、しかしそれでも私はその人物の軽さに一抹の不安を覚えるのも確かであった。 
 
 その頃、私は、静止画の写真制作を一段落させ、動画の制作に取り掛かっていて、その想った以上の芸術的奥深さにのめり込んでいた。
 当時、発売されたばかりのキャノン5D・MarkⅡによるフルハイビジョン動画撮影機能に興味をもった私は、直ぐに購入し試し撮りをしたのであるが、忽ちその虜になってしまった。一眼レフによる静止画の写真と同じ映像をそのまま動画として記録でき、それは、そのまま「動く写真」となるのであった。私の写真のコンセプトは「絵としての価値」であったので、それはつまり「動く絵」と言えるかもしれない。
撮影対象はそのまま変わらず自然の花や風景である。風に揺らぐ草花や、音を立てて流れる渓流や滝など、野鳥の囀る自然の環境音も取り込めて、それは写真とは違う新しい芸術の表現媒体に違いない。写真家が撮る動画がどんなものか、やはりそれは新鮮だったに違いない。

「ギャランティは制作費込み***万でお願い出来ますか?」
 
 此処へ来る前に、私は別の或る映像制作会社一社に同じ提案をしていて、提示されたそれが余りにも低くて折り合わず、答を持ち帰ることにしていたのであるが、それは丁度その三倍の数字なのだった。
 私はその事を明かしていなかったが、「これなら文句ないだろう」という自信が彼の言葉には漲っていて、これがこの会社の相場なのだろうと推察できた。
 初めての取引ということもあり、それは喜ぶべき提示に違いなかった。しかし、この企画の性質上、それは決して潤沢なものとは言い切れないのも確かであった。
 「ハイビジョンで撮る日本の四季の山野草」・・これが仮のタイトルで、400種以上の野生の草花のリストが出来ており、一年掛けてそれを撮り下ろす仕事なのである。短期間で撮り終える海外の名勝地などの紀行物とは訳が違う。長年の経験から、何時・何処へ行けば何の花に会えるのか分かるとはいえ、その仕事量は相当なものになり、交通費だけでも膨大になる。はたして相場通りで喜べるのか、少し疑問だったが、他社の数字が数字なだけにその時の私には充分に思え、「なんとか節約してやり切ろう」と思うのだった。

「一年掛けて撮り下ろすのは大変ですが、それが限度なら仕方ありません。企画が評価されて嬉しいです。喜んでそれで頑張ります」
「最初ということもあるのでご了承を。是非いいものを撮ってください」
「分かりました。御社も是非いいDVDを作ってください」

 握手こそ交わさなかったが、それはそれは力強い合意の瞬間に違いなかった。あと私はその期待に答える作品をリストに沿って制作し期限内に提出するまでだ。私は芸術家であるが、職人気質なのである。
 直ぐに契約書が作られてメール添付でその雛形が送られてきた。例に違わずそれは数ページの簡素なものだった。がっかりだ。特別に難しい契約ではないが、やはりそこには曖昧な表現が多々有って、その点は(嫌われないように)空気を読みながら契約時に明確にしてもらうことにした。
 特に「中間成果物」という言葉の意味が分かり難く、その語句の説明が記されていないのが気になった。「提出作品とその中間成果物の著作権は全て甲(会社)のものになる」とあり、その意味はことのほか重大に思えたからだ。

「読んで字のとおりです。その作品が完成する途中に出来た物のことですよ」
「解り難いですね。完成する前の未完成品ということですか?」
「そういうことです」
「提出作品が完成したら、ついでに同じ花の自分の個人作品も別に撮りますが、それはいいですよね」
「いいですよ。だけど、あまり似た絵柄を他社の同じような企画などに提供されては困ります。それだけは気をつけて下さい」
「分かりました。当然です。とにかく、それぞれの花の一番良い作品を提出しますので安心して下さい」
「そうですか。そのようにして頂ければ有り難いです」
「ご存知のように、僕は元々、年中各地を飛び回って自分の作品を撮り歩いています。最近はもっばら動画ばかり撮ってます。だから当然提出作品を撮る傍らで自分の作品も撮る事になる。行った所で風景も撮るし花も撮る。いや、その逆かもしれない。つまり、個人の作家活動の傍らで仕事をこなすことになる・・」
「分かりました。それでいいですよ。とにかく良い作品を作って提出し下さい」

あまりハッキリと厳密な事を言うと、折角の良い関係が危うくなりそうだ。私はその事を契約書に記して欲しかったのだが、それを許す空気は皆無で、やはりそれは口約束と相成った。それを疑わない美しい日本の文化(規範)がそこに存在していることを私は信じようとした。

そして一年後・・
「お疲れ様でした。お陰で良いDVDが出来ますよ。後の制作はお任せ下さい」
「数が多くてちょっと苦労しましたが、それぞれ期待以上の出来栄えになったと思います」

 それにしても、その年は予想以上に大変な一年になった。自分が作ったリストとはいえ撮りこぼしは許されないので、車で西奔東走、野山を年中這いずり回る日々の明け暮れである。環境の変化で在るべきものが在るべき所に無かったりする事も多くあり、野生の花に拘る事の困難たるや想像を絶するものがある。高山植物の一群を入れたのもそれ極めた。しかしその反面、素晴らしい偶然の出会いも多くあり、蝶や蜂の来訪や、風や木洩れ日の演出など、動画ならではの映像が満載となった。それは確かに予想以上の仕上がりに違いなかった。

 仕事が無事に終わり半年後、そしてそれは出来上がり、待ちに待った私はついにそれを手にしたのであるが、想像以上にそれはもう驚くべきものに違いなかった。ただし、それは良い意味ではない。

「いったいこれはどういうことなんだっ」

 私は、その時、独りで大きな声で思わず叫んだ。
 製品が出来れば、いち早くそのサンプル品が届く筈がちっとも届かず、仕方なく店頭で購入することになったのであるが、そもそもそれからして変なのだった。
 第一、ケースの表紙写真が予定の物ではなく、誰だか他者の写真なのだ。それも帰化植物のセイヨウタンポポだ。「日本の山野草」というタイトルにも相応しくない。いったいどこでどうなった・・?
それにまた、発売予定日が何の報せもなく半年延期になって、その説明が意味不明のままだった。制作に対して文句は何も言えないという事だろうか。それにしても余りの仕打ではないか。私の作家としての自負が邪魔ということか。そういえば、思い当たる事が有るといえば有る。
 そして、私はそれを再生し、その驚きはそれ以上に決定的なものになった。これはいったいどういうことだっ・・?

 表紙の違いに一抹の不安を抱きながらも、小さからぬときめきをもってそのDVDを再生すると、冒頭に先ず映し出されたのはその全容を表す5分ほどのダイジェスト映像だった。季節を追って静かななBGMを背景に自然の環境音ともに代表的な花たちが次々とオーバーラップされていく。流石と思えるそれは綺麗な編集である。それらは全て確かに私が撮って提出した数々の花の動画に違いなかった。商品化されテレビ画面に映されるその出来栄えに感激するも、その前に驚くことがある。本編が始まり少し経ったとき、その驚きは決定的になり、感嘆が驚嘆になった。

「なんだこれっ・・?」
 私が驚いたのは、映し出される花々の間に時々等間隔に挿入される多数の美しい風景の動画作品である。それは全体的にかなりの割合を占めており、まるで「花と風景のDVD」という様相を呈している。「日本の山野草」というタイトルからしても違和感がある。

「どういうことだっ・・?」

 私の驚きは特別だった。その風景動画には見覚えがあり、何を隠そうそれらは全て私が最近撮った風景動画の自信作に他ならなかったからだ。
 私は、請け負ったこの仕事の一年間、既に取り掛かっていた「写真の動画化」という個人活動の一環において「風景」についても同時に制作を進め、鋭意その制作に励んでいたものである。そして、契約上の花作品を季節ごとに提出する際に「こういう風景も撮っています。次の企画提案の参考にどうでしょう」と、サンプルとして同時に送付しているのだった。その都度なにも反応がなく、結果的に相当数の四季風景が送られることになった。
 
「それにしても、良いな、この風景」

 そこに映された作品の出来栄えに私は思わず一瞬喜んだ。しかし事態はそんな場合なんかではない。「何の間違いだ?」「無断使用?」「とにかくおかしい」
 コンセプトにそのような内容は無く、撮影リストはもとより契約書の何処にも「風景」の文字など一切ありはしない。話の中にもそんな事は一度も出たことがなく、まさに狐につままれたか、狸に化かされたようだ。そういえば、彼の顔は狸に似ていた。

 その内容に驚いた当日の夕刻、私は直ぐに担当者に疑問を電話でぶつけた。

「**さん。今日、初めてDVDを見ましたが、驚いてます。表紙の件もありますが、中に収録されている風景の動画はどういう事ですか?」
「・・・・」
「あれは全て僕が撮った個人作品で、次期商品のサンプルとして送って見せていた物なんですが・・、それをあんな風に使う話なんて今回どこにもなかったですよね」
「・・・・」
「もしもし・・聞いていますか?・・あの・・もしもし・・」
「はい・・聞いていますよ」
「あの、だから、どういう事なのでしょう?」
「どういう事とは?」
「もしかしたら無断使用になっていますよ。それとも、何かの間違いなのでしょうか?」
「・・・・」

 まったく噛み合わない会話と、感情のないその返答に只ならぬ不自然を感じた私は、自分の中にある自然を静かに爆発させた。

「お答え下さい。どういう事か・・」
「・・・・」
「何かの間違いだとしても、風景は契約外の私の個人作品です。それを許すにしても少なくとも追加の使用料を頂かないとなりません。・・お分かりでしょうか?」
「・・・・」
「間違いなら間違いで構いません。とにかくこれはおかしいですよ。説明して下さい」
「・・・・」
「もしもし・・・・もしもし・・」

 無言の受話器の向こうに狸の顔が浮かび、「また鬼退治かよ」と溜息が出る。

「この点に関しましては事実確認をして報告しますので、暫くお待ち下さい」
「あの、これは貴方の事ですよ。だから今直ぐにお答え下さい」
「とにかく、精査して後にご報告を申し上げます」

 彼のその事務的な口調は不自然そのもので、何故にそんな事態になったのか・・私の一番苦手な人間関係の不可解がそこにはあった。そういえば、思い当たる事が有るといえば有る。それが何なのか何が原因なのか、分かるといえば分かる。

 何にしても、その時、意に反して否応なく戦いの火蓋がきって落とされた。私には根拠のない勝算と自信があった。これは自然と不自然の戦いに違いない。おいそれと負けるわけにはいかないのである。
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